デジタルツインで進化する技能伝承|熟練者の技を見える化する方法と導入課題

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技能伝承とデジタル化

製造業では、現場力の維持・強化がこれまで以上に重要な課題となっています。特に、熟練技能者が長年培ってきた「勘」や「コツ」は簡単にマニュアル化できるものではなく、次世代へどのように技能伝承していくかが、多くの企業にとって重要なテーマになっています。
たとえば、製造現場では次のような課題が顕在化しています。

  • 人手不足の深刻化: 熟練技能者の引退が進む一方で、若手人材の確保・育成が追いつかず、技能伝承が難しくなっている。
  • 従来の保全体制の限界: 予期せぬ設備故障が発生すると、生産計画に大きな影響が出る。
  • 変種変量生産への対応: 多様化する消費者ニーズに応えるため、多品種を少量かつ短納期で生産する体制が求められている。

これらの課題に対し、工場そのものにデータに基づく「判断力」を持たせるスマートファクトリー化が、現実的な解決策の一つとして注目されています。(※スマートファクトリの基本的な解説記事はこちら)

スマートファクトリーでは、設備や工程の可視化だけでなく、熟練者の作業や判断をデータ化し、技能伝承に活用する取り組みも進みつつあります。本記事では、「技能伝承のデジタル化」について、その重要性や導入時の課題を解説します。

1.デジタルツインとは

デジタルツイン」とは、現実世界の工場設備や生産プロセスからIoTデータなどを収集し、仮想空間上に現実と対応する「双子」を再現する技術です。

仮想空間上で設備や工程の状態をリアルタイムに監視したり、シミュレーションを行ったりすることで、生産性向上、設備レイアウトの最適化、人員配置の見直しなどに役立てることができます。

近年では、設備や工程の可視化だけでなく、熟練者の作業動作や判断プロセスをデータ化し、技能伝承に活用する取り組みも進みつつあります。

 

デジタルツイン

 

2.製造業で技能伝承が課題となる背景

技能伝承の課題には、具体的にはどのような原因があるのでしょうか。

 

(1)熟練技能者の定年退職

熟練技能者の高齢化と若手人材の不足により、技能の継承が確実に行われないまま定年退職を迎えてしまうケースが増えています。企業の存続に関わるような重要な重要技能が失われることは、日本のものづくり産業全体の競争力低下にもつながりかねない大きな問題です。
その根本的な原因は、長年活躍してきた熟練者の「勘やコツ」が暗黙知になっていることにあります。

 

(2)若手技能者とのコミュニケーション不足

熟練技能者と若手との間でコミュニケーションが不足しがちな点も課題です。若手が積極的に教えを乞うことをためらい、自己流で作業を進めてしまうケースも少なくありません。
一般的な生産作業は作業マニュアルである程度伝達できますが、熟練の技は暗黙知化している傾向が強く、「勘」や「コツ」を言葉でうまく表現できないことが、コミュニケーションの壁をさらに高くしています。

 

3..デジタルツインを活用した技能伝承

スマートファクトリーでは、この熟練者の暗黙知を「言語化・視覚化」することで、若手作業者が技能習得に要していた数年単位の期間を大幅に短縮できると期待されています。
デジタルツインを活用し、以下のステップで効率的な技能伝承を実現します。

  1. 熟練者の技のデジタル化: 熟練者の技を「基準データ」としてデジタル化します。
  2. デジタルツインでの再現: このデータを基に、デジタルツイン上で熟練の技を再現します。
  3. 若手作業者への作業支援: AIが若手作業者の動きと、デジタルツイン上での熟練者の動きをリアルタイムに比較・分析し、若手の作業を的確にナビゲートします。

 

4.溶接作業に見る技能伝承のデジタル化

具体的な事例として、以下に「熟練者による溶接作業の技能伝承」について解説します。

  • ステップ1 熟練の技のデジタル化
    熟練者に取り付けたモーションキャプチャーやIoTカメラにより、熟練者の溶接作業時の「手の動作」を計測しデータ化します。設備側のIoTから収集した電流・温度などのデータと合わせて、熟練の技を「基準データ」としてデジタル化します。
  • ステップ2 デジタルツインでの再現
    仮想空間(デジタルツイン)で基準データを再現します。
  • ステップ3 若手作業者への作業支援
    MES(製造実行システム)からの作業指示(どの製品をどう作るか)と連携し、AIが若手の動きと、デジタルツイン上での熟練者の動きをリアルタイムに比較・分析し、「溶接棒を右に傾けて」などと音声ガイダンスやスマートグラスを通じてナビゲートします。

 

技能伝承のデジタル化

 

5.技能伝承をデジタル化する際の課題と解決策

技能伝承のデジタル化には多くのメリットがありますが、導入にあたってはいくつかの課題もあります。特に、作業ノウハウや品質判断、設備条件などを含む広い意味での技術伝承として考えると、現場の納得感、投資対効果、セキュリティ対策の3点が重要になります。

 

(1)熟練技能者の納得感

熟練者の技を「基準データ」として抽出する際、自身のスキルが奪われる、あるいは監視されるといった心理的抵抗感を持つベテランも少なくありません。

「何のためにデジタル化するのか」という目的を丁寧に説明するとともに、熟練者の長年の功績を『企業の重要な資産』として後世に残すという敬意を持ってアプローチし、現場の納得感を得ることが重要です。

 

(2)初期投資とROI(費用対効果)

センサー類やMES(製造実行システム)、AIシステムの導入には多額のコストがかかり、経営陣の承認を得るのが難しい点がボトルネックとなります。

これを乗り越えるためには、熟練の技の継承が最も必要なケースに絞って小さく導入することです。そこで得た成果を金額換算して経営層に提示し、その小さな成功体験をもとに段階的に投資を拡大していくアプローチが最も確実です。

 

(3)セキュリティとデータ資産の保護

デジタル化された「匠の技」は極めて重要な企業秘密(営業秘密・トレードシークレット)となります。サイバー攻撃や持ち出しによるデータ流出を防ぐための強固なセキュリティ対策が必要です。

[※関連記事:これだけは知っておきたい営業秘密(技術ノウハウ)の守り方

セキュリティ対策の一環として、オフィス側のネットワークと工場側のネットワークの境界にファイアウォールを設置し、ウイルスが入り込まないようにする「ネットワークの分離」が重要です。また、工場内のどの機器がネットワークにつながっているかを正確に把握し、異常な通信をリアルタイムで検知する仕組みを構築するなど、工場特有のセキュリティガイドラインに沿った対策が求められます。経済産業省が発行しているガイドラインの「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」をご参照ください。

 

6.おわりに

製造業における「技能伝承のデジタル化」は、単なる業務効率化の手段ではなく、企業の中核をなす「匠の技」を未来へ確実に繋ぐための重要な取り組みです。熟練者の暗黙知をデータという「形式知」に変換し、デジタルツインとAIを通じて若手を直接ナビゲートする仕組みは、従来数年かかっていた人材育成のあり方を大きく変える可能性があります。

 

(アイアール技術者教育研究所 T・I)

 

 

この記事の執筆者:T. I. (日本アイアール 特許調査部)

大手グローバル自動車部品メーカーにおいて30年以上の実務経験を有する。ロボットを活用した一貫自動ラインなどの構築・工程設計を専門分野として数多くの生産技術系のプロジェクトを牽引。退職後は、日本アイアールにて特許調査・分析業務に従事する傍ら、現場視点を活かした工場・品質系の記事執筆や、実践的な教材制作も手掛ける。

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