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光合成促進技術の開発は、CO2濃度低減という環境保護に加え、農業への応用による食糧増産の面でも重要です。本稿では波長変換による光合成促進について解説します。
光合成に活用されるクロロフィル(葉緑素)aとbの吸収スペクトルを図1に示します1)。
400-480nmの範囲の青色光と600-700nmの範囲の赤色光の吸収が大きく、その間にある緑~黄色の吸収は小さいことが分かります。
つまり光合成においては、すべての光が等しく利用されている訳ではなく、青色光と赤色光の吸収が主役を担っています。さらに、照射光のR/B(赤色光/青色光)の比は10:1あるいは5:1が適切とされています。
【図1 クロロフィルの吸収スペクトル ※引用1)】
このことは、光合成への関与が小さい波長の光を吸収して赤色光を発光する仕組み、すなわち赤色光への波長変換ができれば、光合成促進が可能になることを示しています。
この目的での波長変換については東京理科大学の谷辰夫教授らによる先駆的な研究があり、2006年に特許出願されています2)。
谷教授らは温室用フィルム中に波長変換材料を配合する手法を用いており、特許の実施例ではPETフィルム中にBASF社のペリレン系赤色色素Lumogen Red305を0.02wt%配合しています。
この色素の構造と吸光・発光スペクトルを図2に示します。
この色素の配合は、クロロフィルの吸収が少ない光(約500-600nm)を、クロロフィル吸収が大きい赤色の光(600nm-)に変換するという設計思想に基づいています。
温室内での廿日大根の栽培において、このシートの使用によって収穫量が約20%増加としたとしています。
【図2 東京理科大の谷教授らが利用した赤色色素の構造と吸光・発光スペクトル ※引用3)4)】
Eu3+(3価のユウロピウム)が赤色蛍光機能を持つことは古くから知られていますが、北海道大学の長谷川靖哉教授らが、独自開発の高安定性Eu3+含有錯体による光合成促進を報告しています5)。
長谷川教授らのEu3+含有錯体3種の吸光・発光スペクトルを図3に示します。名称と構造の説明はここでは省きます。
主たる吸収が紫外領域にあり、615nm近傍にシャープな発光があるため、有害な紫外線を吸収して赤色光に効率よく変換できる材料であることが分かります。
【図3 北海道大学長谷川教授らのEu3+含有錯体の吸光・発光スペクトル ※引用6)】
長谷川教授らはカラマツ苗木の生育で波長変換の効果を確認しました。
温室用ポリオレフィンフィルム上に、図3中のC:Eu(hfa)3(TPPO)2を含む材料を60μmの膜厚で塗布し、未塗布フィルムと比較しました。
波長変換の効果を苗木の高さで評価した結果を図4に示します。約20%の促進効果があることが分かります。
WCM=Wavelength-Converting Materials=波長変換材料
図(b)の縦軸は苗木の高さ
【図4 カラマツ苗木の成長におけるEu3+含有錯体での波長変換の効果 ※引用5)】
「量子ドット」とは、一辺 10 nm程度以下の半導体結晶のことです。
このサイズの半導体を励起した際には、微小空間において電子が通常とは異なる挙動を示し、同一組成の半導体であってもサイズにより発光波長が変化します。即ち、変換後の波長を制御する波長変換が可能になります。
量子ドットはコロイド状態で既に市販されています。図5は市販コロイド量子ドットの組成と制御可能な波長範囲を示したものです。組成面ではPbやCdを構成元素に含む、取り扱いに注意が必要な半導体が多い状況です。
【図5 市販の量子ドットの組成と発光中心波長 ※引用7)】
量子ドットを配合した農業用波長変換フィルムの販売を米国UbiQD社が2018年11月に開始しました8)。
同社は、Cu,Zn,S等からなる独自開発の量子ドットなので安全性が高いとしています。
同社のフィルムは黄~赤を呈しています。同社はこのフィルムで10%の収穫増を確認したとしています。
日本では山口大学の佐合悠貴准教授が、JST(科学技術振興機構)および NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援の下で開発しています9)。
研究の詳細は不明ですが、量子ドット蛍光体を用いた波長変換フィルムを多数試作しており、効果を明確にするために大規模な試験を実施中だと報告されています。
波長変換による光合成促進には、波長変換材料の配合によるコスト増やフィルムの耐久性等の懸念点があります。しかし、まだ初期段階にある技術なので、今後の開発の進展が期待されます。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》