推進剤としてのイオン液体と深共晶溶媒

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推進剤としてのイオン液体

イオン液体は幅広い分野で検討されている材料ですが、本稿では、少し異質の例を紹介します。
人工衛星等の動力となる推進剤、すなわち燃料として利用するものです。
開発の技術的背景を解説します。

 

1.現行の推進剤(ヒドラジン)

人工衛星では軌道を制御するために推進器が使用されます。
図1は推進器の模式図であり、推進剤としてヒドラジンが用いられています1)
ヒドラジンは常温で液体(融点2℃、沸点103℃)です。ヒドラジンを噴出させたものを触媒によって分解燃焼させることにより、推進力を得ています。

 

現行の人工衛星の推進器
【図1 現行の人工衛星の推進器 ※画像引用1)

 

しかし、ヒドラジンには ①有毒性 と ②蒸気の可燃性 という問題があるため、特殊作業の介在や漏えい防止の監視が必須となり、これがロケット打上げコストの増大を招いていると指摘されています2)
このため、ヒドラジンよりも安全であって、更にはヒドラジンと同等以上の高いエネルギー密度を備えた新規な推進剤の開発が求められています。

 

2.推進剤としてイオン液体

火薬学会の高エネルギー物質研究会では、ヒドラジン代替の新規推進剤の候補を探索する中で、
[NH4]+[N(NO2)2]アンモニウムジニトラミド(以後ADNと略記)が、低毒性でエネルギー密度が高いという点で有望だと判断しました2)

しかしADNは融点が92℃であり、常温で固体のイオン化合物です。そのままでは液体燃料にはなりません。溶剤で希釈すれば液化できますが、エネルギー密度の低下を招きます。
そこで「深共晶溶媒」(DES:Deep Eutectic Solvent)という手法が浮上します。
 

深共晶溶媒とは?(特徴・メリット・研究例)

深共晶溶媒とは、2003年に見出されたものであり、「水素結合ドナー性の化合物」と「水素結合アクセプター性の化合物」(これらは両方もしくはどちらか一方が固体)を一定の割合で混ぜることにより室温で液体になる組成物のことです。
深共晶溶媒はイオン液体の一種ですが、成分を混合するだけの操作で、通常のイオン液体よりも簡単に低コストで製造できるのが特徴です3)

高エネルギー物質研究会は、高エネルギー物質を組み合わせた深共晶溶媒を高エネルギーイオン液体推進剤とすれば、取り扱いが容易(固体同士の混合のみで調製でき安全に合成可能、低揮発性であり蒸気の吸引や爆発の危険性が非常に低い)かつエネルギー密度が高い(溶媒分のロスがない)推進剤となり得ると着想したとしています2)

そして、高エネルギーイオン液体推進剤の製造を、基材のADNにモノメチルアミン硝酸塩(MMAN)と尿素を加えた3成分混合系で試みました。
図2に示すように室温で安定な液体となる混合組成があることを見出しています。
ADN/MMAN/尿酸=質量比40/40/20(重量)の混合物は零下30°Cでも液体であったと報告されています4)

 

ADNをベースとする高エネルギーイオン液体推進剤の製造
【図2 ADNをベースとする高エネルギーイオン液体推進剤の製造 ※画像引用2)

 

なお、イオン液体推進剤では独自の着火法が必要になります。
高エネルギー物質研究会はレーザー点火法を検討し、見通しを得たとしています2)

 

3.深共晶溶媒の可能性《CAGEに注目》

今回は深共晶溶媒タイプのイオン液体を既存推進剤の代替という面から紹介しましたが、このタイプのイオン液体の中には潜在的可能性が高いものが他にもあります。
図3は「CAGE」と呼ばれる深共晶溶媒タイプのイオン液体の製法を示したものです5)
CAGEは、炭酸コリンとゲラン酸を1;2で混合加熱し、副生する水分を除去することにより得られます。

 

深共晶溶媒タイプのイオン液体CAGEの製法
【図3 深共晶溶媒タイプのイオン液体CAGEの製法5)

 

コリン人の体内でも生合成される物質です。従ってCAGEは、通常のイオン液体とは異なり、生体適合性を有しています。このためCAGEはドラッグデリバリー用媒体としての活用が期待されています。

以上のように、イオン液体はその概念を深共晶溶媒にまで広げることでさらに多様化し、より広範な分野で検討されると考えられます。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献、参考文献》


 

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