低分子医薬品DB「オレンジブック」とは?特許調査での活用方法と注意点などを解説
オレンジブックは、米国で承認された低分子医薬品に関連する米国特許が掲載されているデータベースです。
今回は、オレンジブックの概要、特徴、そしてその活用方法や注意点などについて紹介します。
目次
1.オレンジブックとは?(概要)
「オレンジブック」とは、米国食品医薬品局(FDA)により安全性と有効性に基づいて承認された全ての低分子医薬品を網羅したデータベースです。
固有名や有効成分、剤形、承認日等の情報に加え、特許情報も掲載されています。
2.オレンジブックに特許情報を掲載する目的と意義
後発医薬品(ジェネリック医薬品)メーカーが、市場投入前に既存特許の侵害を確認できるよう、オレンジブックには特許情報が掲載されています。
これにより、特許侵害の防止とジェネリック医薬品の市場参入促進が図られ、薬価の上昇を抑えることが期待されています。
3.医薬品メーカーの特許情報提出義務
FDAが承認した低分子医薬品について医薬品メーカー等は、特許情報を提出することが義務付けられており、提出がない場合には承認が拒否されたり取り消されたりする可能性があります(21USC355(d)(6))、(21USC355(e)(4))。*1)
提出が義務付けられている特許の種類は、原則、物質特許、製剤特許、医薬用途特許(使用方法等)の3種類で、これらがオレンジブックの特許情報として掲載されます(21CFR314.53(b)(1))。
製法特許などは掲載されていない点に留意する必要があります。
4.オレンジブックの特許情報における問題点
オレンジブックの特許情報には、各医薬品と無関係の特許が掲載されている可能性があることが問題とされています。
FDAは、医薬品メーカー等が提出した特許情報と医薬品との厳密な対応関係を精査していません。
そのためオレンジブックに無関係な特許が掲載されていたとしても、ジェネリック医薬品メーカーは、簡略新薬承認申請(ANDA)に際して、掲載特許を侵害していない旨の主張をする必要があり、これに対して先発医薬品メーカー等は最終的に訴訟で対応することが多く、裁判所が審理する間、ジェネリック医薬品の承認は自動的に複数年停止されます。
無関係の特許を掲載することで、ジェネリック医薬品メーカーの参入に対する時間的、費用的コストを高くすることが出来るという側面が挙げられます。*2)
5.オレンジブックの活用方法と利点
このようなオレンジブックの特徴を知ることで、低分子医薬品を保護する米国特許の簡易調査として一定の精度を持つツールとして活用できます。
ジェネリック医薬品開発企業にとって、先発医薬品を保護する特許を把握することが重要であることは当然ですが、新しいモダリティを用いた医薬品開発を行う企業にも、既に承認された同一モダリティを用いた医薬品を保護する特許を把握することで、そのモダリティを用いた医薬の基本特許の有無の確認や特許ポートフォリオ構築方法などの特許戦略を検討する際の参考とすることができます。
6.オレンジブックを活用した調査例
以下では、ONPATTRO® (patisiran) のオレンジブック検索を例に取り上げます。
ONPATTRO®はAlnylam Pharmaceuticals, Inc.によって開発されたトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの症状を改善する脂質ナノ粒子 (LNP) 薬物送達システムを使ったsiRNA製剤であり、siRNA製剤として初めて米国で2018年に、日本で2019年に承認されました。*3)、4)
(1)FDAのオレンジブック
(https://www.accessdata.fda.gov/scripts/cder/ob/index.cfm)にアクセスし、ONPATTROを検索します。
(2)Patent and Exclusivity Information
画面中の赤枠で示すPatent and Exclusivity Informationをクリックすると、次のようにONPATTRO®に関連する特許情報(米国特許番号、特許存続期間等)が表示されます。
ONPATTRO®には16件の米国特許が掲載されています。(2023年4月時点)
詳細は割愛しますが、これら16件の米国特許を特許データベースで調査し、分析すると、これらの特許は主に2つのカテゴリーに分類できます。
1つ目のカテゴリーは、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーのsiRNA治療に特化した特許で、治療方法や特定の配列を持つdsRNAなどを権利範囲に含んでいます。
2つ目のカテゴリーは、他のsiRNA製剤にも適用可能な特許で、dsRNA修飾やLNPを構成する脂質成分などを権利範囲に含んでいます。
このようにオレンジブックを活用することにより、siRNA製剤やLNP技術を開発する企業にとって、米国特許の侵害予防や特許戦略を立案する際の参考にすることができます。
7.オレンジブックにおける低分子医薬品の扱い
ONPATTRO®のようなsiRNA製剤は、一見するとBiological Product(バイオ医薬品)に含まれるように思われますが、FDAはバイオ医薬品を「ヒトの疾病または状態の予防、治療または治癒に適用される、ウイルス、治療血清、毒素、抗毒素、ワクチン、血液、血液成分または誘導体、アレルギー性製品、タンパク質、または類似製品、またはアルスフェナムまたはアルスフェナム(または他の3価の有機ヒ素化合物)誘導体」と定義しており、RNA製剤はいずれにも該当しないことから、あくまで低分子医薬品として扱われています。*5)
現に、上市されている他のRNA製剤であるアンチセンスのVitravene®(fomivirsen)、Spinraza®(nusinersen)やアプタマーのMacugen®(pegaptanib)も同様にオレンジブックに掲載されています。
なお、バイオ医薬品については別のコラムで紹介する「パープルブック」に掲載されています。
8.オレンジブックの有用性と調査上の注意点
このようにオレンジブックは特許調査の簡易ツールとして活用することが出来ますが、上で述べたように、関連する特許情報の完全性や正確性を保証するものではないため、最終的には別途詳細な特許調査が必要になります。
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《引用文献、参考文献》
- 1) 諸外国のパテントリンケージ制度に関する調査報告書 (般財団法人知的財産研究教育財団 知的財産研究所)
- 2) C Scott Hemphill , Bhaven N Sampat (2022) . Fixing The FDA’s Orange Book , Health Aff (Millwood),41(6):797-800.
- 3) ONPATTRO® (patisiran) Product Fact Sheet (Alnylam Pharmaceuticals, Inc.)
- 4) 日本初となるRNAi治療薬「オンパットロ®点滴静注2mg/mL」(Alnylam Japan)
- 5) https://www.federalregister.gov/documents/2020/02/21/2020-03505/definition-of-the-term-biological-product