《mRNAワクチンを開発できた理由》ウリジンの置換とLNPへの封入が決め手だった!?

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mRNAワクチンの解説

新型コロナウイルスが蔓延しており、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発出されていますが、デルタ株が猛威を振るい始めた現在、このような行動規制だけでは抑えることが難しい状況です。
このような状況でワクチンの接種率が上がり、一日も早く集団免疫を獲得することが極めて重要です。

2021年7月時点で、わが国で承認されている新型コロナウイルスワクチンは下記の3種類です。
いずれも新しいタイプのワクチンと言えるでしょう。
ご承知の通り、2021年7月時点で実際に接種に使用されているのは、このうち前二者だけです。


 [※出典:https://www.pmda.go.jp/about-pmda/news-release/0012.html

1.ワクチンとは?

そもそも「ワクチン」とはどのようなものでしょうか?
一般社団法人日本ワクチン産業協会のHPでは以下のように説明されています。

“ワクチンの代表的なものとして「生ワクチン」と「活化ワクチン」及び「トキソイド」があります。
生ワクチン」は、病原体は生きており、病原体のウイルスや細菌が持っている病原性を弱めたものです。これを予防接種すると、その病気に自然にかかった状態とほぼ同じ免疫力がつきます。
不活化ワクチン」は、病原性を無くした細菌やウイルスの一部を使います。
トキソイド」は、細菌の産生する毒素(トキシン)を取り出し、免疫を作る能力は持っているが毒性は無いようにしたものです。”

古い辞典類を見てみると「ある種の伝染病の予防(または治療)」のため使用される抗原の諸形態の総称」(岩波生物学辞典第2版、1977年)、「弱毒ワクチンは軽症の感染をひき起こすことにより免疫を賦与する。不活化ワクチンではワクチン製剤中に含まれる微生物のタンパク質抗原が免疫効果を発揮する。」(生化学辞典(第2版)、1991年東京化学同人)と記載されています。

古い説明はこの位にして、最近のネット上の説明で分かりやすいものがありましたので、ご紹介します。(*1)

  • 犯人そのものを(悪さしない状態にして)体の中に入れる方法の「生ワクチン」
  • 犯人の顔だけ(いわば死体)を体の中に入れる方法の「不活化ワクチン」
  • 犯人の設計図(mRNA)を体の中に入れる方法の「mRNAワクチン」

[(*1) 出典:くじら在宅クリニックブログ https://kujira-zaitaku.clinic/blog/957.html
 

2.コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2)

皆さんご存じの通り、mRNAワクチンは新しいタイプのワクチンです。
新しいタイプのワクチンにどのような種類のものがあるかは、別のコラム「《COVID-19でも注目》核酸ワクチンが基礎からわかる!」に解説がありますので、そちらをご参照ください。

上述のコラムで「RNAワクチン」について「分解しやすいという点については、RNA分子の修飾方法やキャリア分子の改良によって改善されてきています」と説明されていますので、この点を少し深堀してみましょう。

先ず、前記2製品について添付文書と医薬品インタビューフォーム(*2)から、その内容を見てみましょう。

[(*2) 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(Pmda)で公開されています。
 医療用医薬品 情報検索(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuSearch/)で検索できます。]
 

(1)コミナティ筋注™

※以下、下線は筆者によります。

『18.1 作用機序
本剤に含有される修飾ウリジンメッセンジャーRNA(mRNA)は脂質ナノ粒子に封入されており、それにより非複製性であるmRNAが宿主細胞に取り込まれ、mRNAにコードされるSARS-CoV-2のスパイクタンパク質が一過性に発現する。本剤接種によりスパイクタンパク質に対する中和抗体産生及び細胞性免疫応答が誘導されることで、SARS-CoV-2による感染症の予防に寄与すると考えられている。』

 

本剤の有効成分は「トジナメラン」(日本医薬品一般的名称JAN(一般名))ですが、添付文書に「一般的名称に係る文書」が別添として添付されています。

ここに「トジナメラン」の4284塩基長のRNA全配列が記載され、以下のように説明されています。
 

『リボ核酸配列
 配列の長さ:4284、G:1062、C:1315、A:1106、Y:801
 ヌクレオチド配列 5’→3’:
 (塩基配列省略)
 A = アデノシン; C = シチジン; G = グアノシン;Y=N1-メチルシュードウリジン
 1-3:5’キャップ構造部分
 55-3879:翻訳領域
 4175-4204,4215-4284:ポリ A 転写スリップ』

『トジナメランは,SARS-CoV-2のスパイクタンパク質類縁体(Lys986Pro,Val987Pro)全長をコードするmRNAである.トジナメランは,5’キャップ構造及びポリA配列を含み,全てのウリジン残基がN1-メチルシュードウリジン残基に置換された,4284個のヌクレオチド残基からなる1本鎖RNAである.』

※「5’キャップ構造」:5’末端を保護する役割を持つ7-メチルグアノシン。このキャップ構造は、mRNAの安定性にも影響し、翻訳の開始でも重要な役割を果たします。
※「ポリA配列」:mRNAの安定性や核外輸送、翻訳の制御などに寄与します。

 

また、本剤の「医薬品インタビューフォーム」を見ると以下の通り記載されています。
 

『コロナウイルスは 4 つの構造タンパク質をコードするプラス鎖一本鎖の RNA をウイルスゲノムとして有するエンベロープウイルスである。これらの 4 つの構造タンパク質のうち、ヒト細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素 2(ACE2)レセプターと結合するスパイク糖タンパク質(S タンパク質)がワクチン開発の重要な標的となる。本剤は、SARS-CoV-2 の S タンパク質をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)を有効成分とするワクチンである。コードされた標的タンパク質を持続的かつ効率的に翻訳するために mRNA の塩基配列が最適化され、また、生体内での RNA 分解を抑制し、mRNA の細胞内へのトランスフェクションを可能とするため mRNA を脂質ナノ粒子(LNP)に封入している。

『本剤は、SARS-CoV-2 の S タンパク質全長体をコードする modRNA であるトジナメラン(BNT162b2)を本質としており、製剤化の過程で脂質溶液と混合することにより、脂質成分が BNT162b2 を封入する脂質ナノ粒子(LNP)を形成する。』

『(参考)製法の概要
SARS-CoV-2 ウイルスのスパイクタンパク質のアミノ酸配列をコードする DNA を鋳型として転写したRNA を精製し、脂質成分と混合する。』

 

(2)COVID-19 ワクチンモデルナ筋注

先ず、添付文書を見てみましょう。

『18.1 作用機序
本剤は脂質ナノ粒子に封入されたヌクレオシド修飾メッセンジャーRNA(mRNA)を含有する。脂質ナノ粒子によりmRNAは宿主細胞内に送達され、SARS-CoV-2ウイルスのスパイクタンパク質を一過性に発現する。発現したスパイクタンパク質は免疫細胞により外来抗原として認識され、これに対する中和抗体産生及び細胞性免疫応答が誘導される。』

添付文書には詳しいことは記載されていませんので、「医薬品インタビューフォーム」を見てみましょう。

『1. 開発の経緯
COVID-19 ワクチンモデルナ筋注は、米国 Moderna TX 社のメッセンジャーRNA(messenger RNA: mRNA)デリバリーシステムによりワクチンプラットフォームを用いて開発された、脂質ナノ粒 子(lipid nanoparticle:LNP)に封入された 2019 年新型コロナウイルス(2019 novel coronavirus: SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質を発現する mRNA を含有したワクチンである。(中略)
本剤は、結合抗体及び中和抗体の両方に対する強い免疫応答並びに Th1 誘導型 CD4 陽性 T 細胞を誘導する。(以下省略)』

『2. 製品の治療学的特性
(1) COVID-19 ワクチンモデルナ筋注は、SARS-CoV-2 スパイクタンパク質をコードしたヌクレオシド修飾 mRNA を脂質ナノ粒子に含有させたワクチンである。 (「Ⅵ.2.(1)作用部位・作用機序」の項参照)
(2) 脂質ナノ粒子により mRNA は宿主細胞内に送達され、SARS-Cov-2 ウイルスのスパイク抗原を一過性に発現する。発現したスパイクタンパク質は免疫細胞により外来抗原として認識され、これに対する中和抗体産生及び細胞性免疫応答が誘導される。 (「Ⅵ.2.(1)作用部位・作用機序」の項参照)』

 

3.mRNAワクチンが開発できた理由

従来型の「生ワクチン」や「不活化ワクチン」は開発に10年単位の期間を要するといわれますが、「コロナウイルス修飾ウリジンRNA ワクチン(SARS-CoV-2)」はわずか9ヶ月の短期間で開発され、実用化されました。
なぜそのようなことが可能だったのでしょうか?

SARS-CoV-2 の遺伝子配列は 2020年1月に中国の復旦大学のグループによって公開されました。
遺伝子配列さえ分かれば、現在の技術ではmRNA の合成は容易です。この合成した配列を利用すればRNAワクチンの開発は簡単にできると思われますが、問題点がありました。
それは、外部mRNAに対する人間の自然免疫RNAの不安定さという二つ問題点です。
これを解決したのが以下の技術です。
 

(1)修飾ウリジンRNA

mRNAを体内に入れるとすぐに分解されるほか、ヒトの免疫系がRNAウイルスの侵入と勘違いして、トル様受容体を活性化し、炎症反応を引き起こします。
この問題点を解決する技術を開発したのが元ペンシルベニア大学(現・ビオンテック社上席副社長)のカタリン・カリコ博士(Dr. Katalin Karikó)です。

カリコ博士は、mRNAを構成する塩基の1つウリジン(U)を、細胞の中に存在するtRNA(転移RNA)では一般的なシュードウリジン(Ψ)などに置き換えると、二次構造が変化し、炎症反応が抑えられること(2005年 ※1)、目的とするたんぱく質生成の効率が上がること(2008年 ※2)を発見しました。

これらが、今回のワクチン開発の一つの基礎となっています。
N1-メチルシュードウリジンはシュードウリジンのN1位(ピリミジン環)の水素をメチル基に置換した化合物です。

参考として各物質の構造を以下に示します。[※PubChemより転載 https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/


 
 
ウイルスmRNAの塩基配列が判明すれば、ワクチンを開発できる点は画期的で、変異株が出現してもそれに応じたmRNAを合成すれば、迅速に対応できるということになります。

※1)Immunity. 23 (2): 165–75 (August 2005).
※2)Molecular Therapy 16 (11): 1833-40. (November 2008)
 

(2)LNP(Lipid Nano Particle, 脂質ナノ粒子)

現在使用されている「コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン」は、いずれもmRNAをLNPに封入した製剤です。LNPにRNAを封入した点が、問題点解決の二つ目の決め手です。

「コミナティ筋注」の厚生労働省資料には、以下の通り説明されています。

『本剤の LNP は,機能脂質である ALC-0159 および ALC-0315 ならびに構造脂質である DSPC およびコレステロールの 4つの脂質で構成される。PEG 脂質である ALC-0159 は,粒子の安定化および粒子径の均一化の機能を有し,投与後の血漿蛋白質との相互作用を最小限に抑えるための一過 性の立体バリアとしても働く。イオン化可能なアミノ脂質である ALC-0315 は,粒子形成,宿主 細胞への取り込みおよび RNA のエンドソーム放出を調節する物理化学的特性を有する,本剤の 主要な脂質成分である。DSPC およびコレステロールは,哺乳類の細胞膜に存在する天然型の脂質であり,構造脂質として本剤に含有される。』

また、RNA封入LNPの模式図(下記)が示されているので、視覚的に理解できます。

[※出典:https://www.pmda.go.jp/drugs/2021/P20210212001/672212000_30300AMX00231_J100_1.pdf
 

 
 

コミナティ筋注のLNPを構成する脂質は以下の4種類です。

  • ALC-0315:[(4-ヒドロキシブチル)アザンジイル]ビス(ヘキサン-6,1-ジイル)ビス(2-ヘキシルデカン酸エステル)
  • ALC-0159:2-[(ポリエチレングリコール)-2000]-N,N-ジテトラデシルアセトアミド
  • DSPC:1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン
  • コレステロール

 
一方、COVID-19 ワクチンモデルナ筋注のLNPを構成する脂質は以下の4種類です。

  • SM-102:ヘプタデカン-9-イル 8-((2-ヒドロキシエチル)(6-オキソ-6-(ウンデシルオキシ)ヘキシル)アミノ)オクタン酸エステル
  • PEG2000-DMG :1,2-ジミリストイル-rac -グリセロ-3-メチルポリオキシエチレン
  • DSPC:1,2-ジステアロイル-sn -グリセロ-3-ホスホコリン
  • コレステロール

両製剤の①、②の脂質は異なりますが、同様の機能を果たしていると思われます。
①は塩基性脂質で、負の電荷を帯びた mRNA 分子の複合体化を可能にする役割を果たしているようです。
DSPC(リン脂質)とコレステロールは構造的に安定させる役割を果たし、②のポリエチレングリコール(PEG)化脂質は血中滞留性を増大させているようです。

 

4.関連特許文献

最後に、今回ご紹介した技術内容に関して、参考となりそうな特許文献をいくつか挙げておきます。
(※関連特許を網羅したものではありませんのでご了承ください。)

(1)mRNA関連

① US 8,278,036 B2

University of Pennsylvania
https://patents.google.com/patent/US8278036B2/en

出願日 2006-08-21
登録日 2012-10-02
満了日 2027-05-24(調整後)
 

② US8,748,089 B2

University of Pennsylvania
https://patents.google.com/patent/US8748089B2/en

出願日 2013-03-15
登録日 2014-06-10
満了日 2026-08-21
 

なお、上記は米国特許だけですが、Google Patentでfamilyとして対応他国特許も見ることができます。

また、日本特許検索サイト(J-PlatPat)でシュードウリジンに関する特許を検索する際にはキーワードとしては「シュードウリジン」だけでは漏れが生じる可能性がありますのでご注意ください。
例えば、生化学辞典(前記)には「プソイドウリジン」と記載されています。

※J-PlatPatでのキーワード例(参考)
シュードウリジン/TX+プソイドウリジン/TX+Pseudouridine/TX
 

(2)LNP(脂質ナノ粒子)関連

③ US8,058,069B2

Assigned to ARBUTUS BIOPHARMA CORPORATION
https://patents.google.com/patent/US8058069B2/en

出願日 2009-04-15
登録日 2011-11-15
満了日 2029-04-15(調整後)
 

④ US10,702,600B1

ModernaTx Inc
https://patents.google.com/patent/US10702600B1/en

出願日 2020-02-28
登録日 2020-07-07
満了日 2036-10-21
 

⑤ US10,703,789B2

ModernaTx Inc
https://patents.google.com/patent/US10703789B2/en

出願日 2019-06-12
登録日 2020-07-07
満了日 2033-03-09
 

以上、今回はいま話題の「mRNAワクチン」についての知識をご紹介しました。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 A・A)
 


<参考文献>


 

医薬品関連の特許調査なら日本アイアール

 

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