化学

新概念の長期蓄熱方法?注目のセラミックス蓄熱技術とは

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蓄熱技術

お湯を沸かして一定時間後にお湯として利用するにはポット等での保温が必要です。
保温しても放熱は避けられず徐々に冷めてしまうのも困ります。

この問題を蓄熱技術一般に拡張して考察してみましょう。

 

1.蓄熱の基本

岩石や金属を成分とする顕熱蓄熱材や潜熱蓄熱材に、400-500℃程度の高温熱源から蓄熱する状況を想定してください。図1はその時に蓄熱材に起こる変化のイメージ図です。

 

蓄熱材の変化イメージ
【図1 蓄熱材の変化イメージ】

 

蓄熱材には熱の形でエネルギーが充填され、温度は熱源に近い高温にまで上昇します。
しかし、蓄熱材が室温まで冷却されれば熱エネルギーは失われます。これは全く当然の現象です。

従って、この蓄熱されたエネルギーを直後ではなく、一定時間後に利用する場合には蓄熱材を保温する必要が生じます。保温しても熱エネルギーは徐々に失われることになります。保温が短期間で済むならば、大きな問題にはならない場合も想定されます。

蓄熱を長期間、例えば1か月間、行う方法を考えてみましょう。
図1のような蓄熱では不可能です。
長期蓄熱には、高温で蓄熱した後に、図2に示すように常温まで冷却してもエネルギー充填が維持される必要があります。化学蓄熱ではこれが可能になります。

 

長期蓄熱のイメージ
【図2 長期蓄熱のイメージ】

 

蓄熱に関する以上の事項を、短期と長期を対比して、表1に示します。

 

【表1 蓄熱可能な期間に基づく蓄熱の区分】
蓄熱可能な期間に基づく蓄熱の区分(顕熱蓄熱・潜熱蓄熱、化学蓄熱)

 

2.化学蓄熱による長期蓄熱の例

化学蓄熱による長期蓄熱の例を具体的に見てみましょう。
化学蓄熱としてこれまでに多種類のものが報告されていますが1)、比較的低コストであり、かつ扱いやすいという点で、式1の酸化カルシウム系の検討が最も進んでいます。

酸化カルシウム系

酸化カルシウム系では500℃前後の熱源が使用され、Ca(OH)2の吸熱反応によりH2Oが放出されCaOの状態でエネルギーが蓄積されます。
このCaOを常温まで冷却してもCaOのエネルギーは失われません。この点が化学蓄熱の特徴です。
常温で長期間の保存が可能です。CaOとH2Oを反応させてCa(OH)2に変換すれば、必要な時に熱エネルギーを回収することが出来ます。

住友重機械株式会社では酸化カルシウム系のシステムを開発中で、実験結果を2022年に報告しており、今後実用化に向けて検討を進めるとしています2)
(※同社が報告した化学蓄熱の動作原理は、文献2)の図1をご参照ください。)

 

3.長期蓄熱可能な新規セラミックス

長期の蓄熱が可能な新規セラミックスが東京大学の大越慎一教授らから報告され、注目されています。
このセラミックスは五酸化三チタンTi3O5であり、よく知られた二酸化チタンTiO2と同じく、チタン酸化物の仲間です。
実際Ti3O5はTiO2を還元することでも製造できますので、汎用材料から合成できるセラミックスと言えます。

ではこのTi3O5はどのような機構で蓄熱するのでしょうか?
まずTi3O5は、図3に示す通り、α型、β型、γ型、δ型、λ型と様々な結晶型を持つ物質です3)
この中のβ型とλ型の間での、図4に示す相互変換が蓄熱機能の源です4)

 

Ti3O5の結晶型と構造
【図3 Ti3O5の結晶型と構造 ※画像引用3)

 

Ti3O5のβ型とλ型の間での相互変換
【図4 Ti3O5のβ型とλ型の間での相互変換 ※画像引用4)

 

即ち(a)加圧によってλ型がβ型に変わり、昇温によってβ型がλ型になります。
これはλ型になる時に吸熱し、β型になる時に発熱するということです。

図5は一旦高温でλ型に変化すると、低温に下げただけではβ型には戻らず、温度とは無関係に加圧によってのみβ型に変化し、そこで発熱することを表しています。

 

Ti3O5による蓄熱の機構
【図5 Ti3O5による蓄熱の機構 ※画像引用4)

 

この技術をどう評価したら良いでしょうか。
潜熱蓄熱の要素を含んではいますが、通常の潜熱蓄熱とは異なり、発熱させる温度に制限はなく、加圧というスイッチにより所望の温度で発熱させることが可能です。
室温での蓄熱が可能です。しかし化学蓄熱とも異なります。新概念の長期蓄熱方式と言えるでしょう。なお、この技術は特許として成立しています5)

 

4.今後の研究開発動向に注目

東大のTi3O5の技術の検討はまだ小スケールの段階です。実用化に向けては、スケールアップ時の加圧方法をどうするか等、多くの課題が予想されます。
しかし長期蓄熱に新たな視点をもたらしたのは確かです。これを契機に新たな発想の長期蓄熱技術が生まれる可能性もあります。長期蓄熱の今後の展開が期待されます。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献、参考文献》


 

 

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