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LTspiceを活用した熱設計・熱回路網の基礎と回路設計への応用(セミナー)
2025/9/24(水)10:00~17:00
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今回は伝熱の3形態から輻射伝熱の基礎を解説します。
輻射(ふく射)伝熱は、真空中でも熱が伝わる伝熱機構で、伝導伝熱や対流熱伝達とは伝熱のメカニズムが大きく異なります。
本記事では、輻射伝熱を理解する上で必要な用語と基本法則、基本的な伝熱計算方法を解説します。
目次
すべての物体は、構成する原子や分子が絶対温度に応じて運動しています。その運動によってミクロな電荷分布が時間変動すると、紫外線、可視光、赤外線、電波などの電磁波を放出します。
「輻射」とは物体から放射される電磁波の総称で、電磁波によって熱が移動する現象が「輻射伝熱」です。特に可視光から赤外線の波長の輻射を「熱輻射」と呼びます。
また電磁波は他の物体に入射すると原子や分子の運動エネルギーに変換されるため、輻射伝熱による正味の伝熱量は、物体が放出する電磁波のエネルギーと、他の物体から吸収する電磁波のエネルギーの差となります(図1)。
【図1 輻射伝熱の原理イメージ ※参考文献1)】
輻射の強度を表す単位は「放射能」とも呼ばれ、伝導伝熱や対流熱伝達における熱流束と同様に単位面積当たりの仕事率 W/m2 で表されます。
また、温度T(K)の物体の最大輻射強度は(1)式となります。
σはステファン・ボルツマン定数で、σ =5.67×10-8 W/(m2・K4)です。
輻射を扱う際に注意が必要な点は、絶対温度を使用することです。
伝導伝熱と対流熱伝達では温度差が伝熱に寄与するため、セルシウス温度、絶対温度のいずれを用いても結果に差異は生じませんでした。
輻射伝熱では(1)式から分かるようにT4(温度の4乗)の項を含んでいるため、セルシウス温度を用いると輻射強度の計算を大きく間違えます。
電磁波が物体に入射すると、図2のように、電磁波の一部は物体表面で反射され、一部が吸収され、一部は透過します。
電磁波の吸収によって物体の温度は上昇します。
【図2 電磁波の反射、吸収、透過 ※参考文献2)】
電磁波による入射エネルギーに対する反射、吸収、透過のエネルギー割合をそれぞれ、反射率ρ、吸収率α、透過率τ と呼び、入射エネルギーの保存から(2)式が成立します。
物体が不透明である場合は透過率τ= 0 となり、反射率ρは(3)式となります。
すべての波長の電磁波に対して 吸収率α=1 となる物体を「黒体」あるいは「黒体面」と呼びます。
可視光を吸収する物体は、その色が黒色に見えることが黒体の名前の由来です。
ある温度における黒体は、波長に応じて図3のような放射特性を示します。
各波長での放射エネルギーは単色放射エネルギー(単色放射能)と呼ばれます。
単色放射エネルギーを全波長に渡って積分することで、全放射エネルギーが得られます。
【図3 黒体の放射特性】
図3の放射特性はマックス・プランクによって理論的に(4)式として導かれており1)、「プランクの法則」と呼ばれれます。
ここで、C1、C2は第1輻射定数、第2輻射定数とよばれ、C1=3.742×108 W・µm4/m2、C2=1.439×104 µm・Kです。
プランクの法則によるλとEbλの関係はプランク分布とも呼ばれ、図4のような分布となります。
【図4 プランク分布(対数目盛)】
プランク分布では、図4の点線で示すように単色放射エネルギーが最大値となる波長は、高温ほど短波長になります。
最大値となる波長λmaxでは(4)式の微分がゼロとなることからλmaxと温度Tの関係式(5)式が得られます1)。
(5)式は「ウィーンの変位則」と呼ばれ、物体の温度測定にも利用されています。
太陽などの恒星の表面温度も、光のスペクトル分布からウィーンの変位則を利用して表面温度を推定することができます。
(4)式を全波長域で積分すると、絶対温度T(K)の黒体から放射される全ての輻射エネルギー(全放射能)を(6)式のように計算できます。
こ(6)式を「ステファン・ボルツマンの法則」と呼びます。
ステファン・ボルツマンの法則は(1)式で説明したように、最大輻射強度を与える式です。
黒体ではない実際の物体(実在面)の放射特性は(7)式で定義される単色放射率ελを用いて表されます。
単色放射率は黒体の単色放射エネルギーに対する実在面の単色放射エネルギーの比を表しています。
単色放射率ελに対して、同じ波長での単色吸収率をαλとするとελとαλは等しくなります1)。これを単色のキルヒホッフの法則と呼びます。キルヒホッフの法則は放射率が大きな物体(表面)は、吸収率も大きいことを意味しています。
実在面の放射率εが波長によらず一定の場合、全放射エネルギー(全放射能)は(8)式で計算することができます。
放射率εが波長に依存しない物体を「灰色体」(あるいは灰色面)と呼び、灰色体の全放射エネルギーは黒体の全放射エネルギーに放射率εを掛けた値となります。
工学的には、各種材質を灰色体と仮定して伝熱計算を行うことが一般的です。
表1に代表的な材質の放射率を示します3)。
同じ材質でも表面の状態によって放射率は大きく変化します。
また実在面の放射率は波長だけでなく、放射角度によって異なります。実在面から半球状の全方向に放射した単色放射エネルギーを黒体と比べたものを単色半球放射率、全放射エネルギーを黒体と比べたものを全半球放射率と呼びます4)。
【表1 代表的な材質の放射率(全半球放射率) ※引用文献3)】
輻射伝熱の計算は、物体表面から全方向への放射と全方向からの入射を考慮する必要があり、複雑な計算が必要になります。ここでは、輻射伝熱計算の基本的な考え方の理解を目的として、平行に向き合う無限平板という特殊な条件での計算方法を説明します。
図5のような向かい合う無限平板における輻射伝熱を考えます。平板1から放射された輻射の一部は平板2で反射し平板1に戻り、更に平板1で反射して・・・といったことを繰り返します。
このような反射の繰り返しを簡便的に取り扱うため、外来照射量G (W/m2)と射度J (W/m2) という考え方を導入します。外来照射量は注目している表面に入射する全輻射エネルギー、射度は表面から放射される全輻射エネルギーです。
【図5 無限平板間の輻射伝熱】
平面1での外来照射量をG1、射度をJ1とするとJ1は全輻射能Eb1、G1及び放射率ε1を用いて、(9)式と表すことができます。
平面2についても同様に(10)式と表せます。
ここでG1=J2、J1=G2という関係を用いると平面1から平板2への伝熱量は(13)式と計算できます。
無限平板間の間に図6のような遮熱板を設置した場合、平面1から遮熱板と遮熱板から平面2への正味の伝熱量は①と同様に求めることができ、更に定常状態ではこれらの伝熱量が等しいことから、伝熱量は(14)式と計算できます5)。
【図6 遮熱板が設置された無限平板間の輻射伝熱】
(13)式と(14)式を見比べると、平板1,平板2と遮熱板が黒体の場合でも、遮熱板によって伝熱量(熱流束)は1/2となり、遮蔽板の放射率が0.1の場合は伝熱量が1/20まで小さくなることが分かります。
遮蔽板の数を増やすことで、さらに伝熱量を低減することができます。この現象を利用した断熱技術が多層断熱材(Multi-Layer Insulation)です。多層断熱材は、液体水素容器の断熱や人工衛星において真空中での輻射伝熱を抑制する目的で使用されています6)7)。
以上、今回は輻射伝熱に関する基本法則と、輻射伝熱の計算について解説しました。
実際の輻射伝熱では、高温面と低温面の面積が異なる、伝熱面同士が平行では無い、伝熱面間に部分的に遮蔽物が有るなど、より複雑な計算が必要になることが一般的です。
まずは技術資料8)などを活用して簡単なモデル計算を行い、輻射伝熱の寄与度が大きいと予想される場合には、数値シミュレーションなどを活用して輻射伝熱の影響を詳細に計算すると良いでしょう。
次回は、相変化を伴う伝熱現象について解説します。
(アイアール技術者教育研究所 技術士(機械部門) T・I)
《引用文献・参考文献》