デジタルヘルスの要素技術① 医療検査/診断支援/治療・健康改善編
デジタルヘルスに関する前回のコラム「デジタルヘルスとは何か?健康長寿社会を実現するための注目テクノロジーを解説」に引き続いて、今回からは技術的な側面からデジタルヘルスを掘り下げて解説します。
目次
1.デジタルヘルスとは何か?(おさらい)
「デジタルヘルス」とは、人工知能やIoT、ウエアラブルデバイス、仮想現実(VR)など最新のデジタル技術を活用して、病気の診断や治療または健康維持(ヘルスケア)の効果を高めることを意味します。
2.デジタルヘルス技術開発の考え方「データ駆動型」と要素技術
このような最新のデジタル技術を活用するデジタヘルスは、これまでのヘルスケア技術開発の考え方とはどのように異なるのでしょうか?
従来のヘルスケアは、医師などの個人の経験や勘を元に仮説を立てて実証することで発展してきました。
これに対してデジタルヘルスでは、私たちの身体や行動から集められたさまざまなデジタルデータを活用して人工知能(AI)などのコンピュータを用いて分析を行い、治療などの次のアクションにつなげていきます。
このようなデータを中心とした開発手法を「データ駆動型(Data Driven)」と呼び、近年の医療検査技術やデータ処理技術の発展によって、より多くのデータを取り扱うことができるようになったことで、これまでには考えられなかった全く新しい技術やサービスが生み出されてきたのです。
以下、デジタルヘルスに関連する代表的な要素技術をご紹介したいと思います。
(1)医療検査および検査データの記録に関連する技術
① ウェアラブル等の生体センシング技術
前回ご紹介したApple WatchやFitBitなどが該当します。
スマートフォンや時計型デバイスなどのウェアラブル機器に搭載されたカメラや加速度計、生体電位測定センサなどを用いて、心拍/脈拍、血圧、心電、血中酸素などのバイタルデータを測定することができます。最近では、カメラなどで撮影された映像を用いて、非接触でバイタルデータを測定する技術が注目されています。
② ポイントオブケアデバイス
血糖やホルモンなど、血液や汗、尿などに含まれる微量に含まれる物質を測定する装置がセンサ技術の進歩によって小型化したことにより、患者の面前や在宅で検体を短時間に測定することが可能になりました。
検体測定を外部に委託することなく、医師が患者のそばで即時に判断して迅速な処置につなげることができる技術として注目されています。
[※関連記事:ポイントオブケア検査技術(POCT)の解説はこちら]
③ リキッドバイオプシー
リキッドバイオプシー(Liquid Biopsy)は、主にがん治療に分野で、従来の内視鏡や針を用いてがん組織を直接採取して検査する生体検査(Biopsy)に代えて、血液中に含まれる遺伝子やエクソソーム(Exosome)と呼ばれる細胞外小胞を検査する方法です。
日本でも、血液を用いて324個のがん関連遺伝子を同時に測定可能なリキッドバイオプシー検査「FoundationOne Liquid CDx がんゲノムプロファイル」が2021年に承認されています1)。
④ 電子医療記録(EMR)・電子健康記録(EHR)
電子医療記録(Electric Medical Record: EMR)は、いわゆる「電子カルテ」と呼ばれているもので、病院内でデジタルデータを紙に印刷することなくそのまま記録できることから、検索性や長期保存性に優れています。
電子健康記録(Electric Health Record: EHR)は、患者個人のあらゆる診療情報を生涯にわたって記録したもので、複数の医療機関で情報の共有が可能になっています。
いずれも、将来的にデジタルヘルスに関連するビッグデータを保存して活用する媒体としての役割が期待されています。
(2)診断を支援する技術
① AI画像診断
これまで、CTやMRI、内視鏡などの画像データから癌などの小さな病変を見つけることは、専門の画像診断医にとっても大変な作業で、高度な経験が必要であることから専門人材の不足や見落としなどの危険を伴うものでした。
AI画像診断では、人工知能技術を用いて画像内に存在する病変を高精度に検出することが可能になります。
② 臨床意思決定支援システム
臨床意思決定支援システム(Clinical Decision Support System: CDSS)は、病院などに蓄積された診療とその結果についてのビッグデータをもとにして、患者さん個人に合った治療法を医師に提示するシステムです。
科学的根拠に基づいた治療(Evidence -Based Medicine: EBM)が近年提唱されていますが、このEBMを実現するサポートツールとしてCDSSが活用されています。
(3)治療や健康改善に関連する技術
① 治療用アプリ
治療用アプリは、外科的治療法や薬による治療に加えて、医師の目が届きにくい日常生活を改善するためにスマートフォンアプリなどの形式で医師から処方されるソフトウェアです。
既に、CureApp社からニコチン依存症治療アプリ「CureApp SC」2)や高血圧症治療補助アプリ「CureApp HT」3)が発売されています。
日本では、2014年に薬機法の改正によって、ソフトウェア単体で医療機器として承認されるようになった事をきっかけとして、多くの治療用アプリの開発が進められています。
② ゲーミフィケーション
治療用アプリに関連して、塩野義製薬社のADHD治療ゲームアプリ「AKL-T01」を前回ご紹介しました。
ダイエットなど健康増進のためのプログラムは、頭では必要と分かっていても面倒だったりして途中で諦めてしまう方も多いと思います。
目標の設定や報酬など、ゲームの要素を取り入れて利用者のヘルスケアに対するモチベーションを高める「ゲーミフィケーション」と呼ばれる手法が研究されています。
横浜市立大学、東京藝術大学とアステラス製薬は、ゲーミフィケーションを用いたデジタルヘルスの実用化に向けた産学連携の枠組みとして、2019年に「Health Mock Lab.」を発足させています4)。
③ 仮想現実(VR)
最近、VRゴーグルなど、仮想現実(Virtual Reality: VR)技術を応用したゲームが普及してきていて、仮想空間そのもの指す「メタバース」などの言葉をニュースなどで聞いたこともあると思います。
VRの大きな特徴としては、現実とは異なる仮想の空間に入り込んだような没入感があり、その没入感を治療などに活かす研究が進められています。
米国FDAに承認された慢性腰痛を治療するVRプログラム「EaseVRx」5)や、大阪大学発のペンチャー企業mediVR社の販売するリハビリテーション機器「mediVRカグラ」6)など、今後発展する分野としてVR技術は注目されています。
3.デジタルヘルス技術開発のこれから
これらのデジタルヘルス関連の要素技術が普及していくことによって、世の中に蓄積されるヘルスケア関連のデジタルデータ(リアルワールドデータ(RWD)とも呼ばれます)は、更に爆発的に増加していき、次の世代の医療機器や医薬品の開発につながっていくものと思われます7)。
これからのヘルスケアを語る上で避けて通れないデジタルヘルス関連技術をさらに理解していただけるよう、連載形式でその要素技術や法規制について解説していきたいと思います。
次回は、要素技術の続きとして、心拍・脳波センシング技術をご紹介します。
(アイアール技術者教育研究所 A・S)
≪参考文献≫
- 1)中外製薬株式会社ニュースリリース(2021年3月23日)
https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20210323170004_1085.html - 2)CureApp社プレスリリース(2020年12月1日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000049.000015777.html - 3)CureApp社プレスリリース(2022年4月27日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000090.000015777.html - 4)アステラス製薬プレスリリース(2019年8月9日)
https://www.astellas.com/jp/news/20861 - 5)AppliedVR社製品HP
https://relievrx.com/ - 6)mediVR社HP
https://www.medivr.jp/ - 7)中外製薬株式会社HP「リアルワールドデータの利活用」
https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/digital/real_world_data.html