《伝熱の基礎①》熱対策の重要性|熱と温度を工学的に整理

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伝熱の基礎知識(ヒートシンク)

熱の移動を扱う伝熱工学は、機械系や化学工学系以外の技術者にとって学習の機会が少ない技術分野です。
一方で実際の物理現象は熱の発生と移動を伴うため、家電製品からロケットといった幅広い分野で伝熱の知識が必要になります。
本連載では、初学者向けに伝熱の基礎を解説します。

1.熱対策の重要性

近年の電子情報機器の技術進展により、スマートフォンやパソコンだけでなく、自動車や航空機など多くの工業製品に電子回路が使用されています。電子回路に用いられる電子部品の多くは発熱しますが、発熱によって電子部品の温度が想定を超えて上昇すると、以下の①~③のような問題が発生する可能性があるため、電子部品の温度上昇を防ぐ放熱対策が必要となります。

  • ① 機能不全や性能低下
  • ② 製品寿命の低下
  • ③ 機器の利用者が低温火傷を受傷

発熱量が大きな電子部品の例として、LSI(大規模集積回路)の放熱方法の模式図を図1に示します。
LSIの熱は主にヒートシンクと呼ばれる放熱器に伝わり、ヒートシンクから周辺環境に放熱されます。
一方、LSIの発熱はヒートシンクだけでなく、プリント配線基板と基板に実装されている他の電子部品にも伝わります。
LSI以外の電子部品も温度上昇によって問題が発生する可能性があるため、実際の放熱対策では発熱源であるLSIを冷却するだけでなく、プリント配線基板上にある他の電子部品も適温に維持する対策が必要になります。

 

LSIの放熱模式図
【図1 LSIの放熱模式図 *1)

 

部品の小型化、部品実装の高密度化により放熱対策の重要度が高まります。図2は電子部品の小型化の影響をイメージしたものです。同じ仕事能力、発熱を伴う部品のサイズが半分になると放熱に寄与する表面積が1/4となり、部品の温度が上昇することは直感的に理解できると思います。機器の小型化、あるいは高性能化に伴う発熱量の増加によって、同様な機器であっても従来不要であった放熱対策が必要になる場合があります。

 

部品の小型化による温度上昇
【図2 部品の小型化による温度上昇】

 

2.伝熱とは?

伝熱とは熱が移動する現象で、その形態は、伝導伝熱対流熱伝達ふく射伝熱の3形態に分類されます(図3)。
例えば、図1のLSIが発する熱は、伝導伝熱によってヒートシンクとプリント配線基板に移動します。ヒートシンクに移動した熱は、対流熱伝達によって空気に放熱されると同時に、ふく射伝熱によっても周囲環境に放熱されます。これら一連の伝熱の状況によって温度分布は変わり、また3つの伝熱形態が相互に影響を与えるため、伝熱形態を理解した上での温度予測と熱対策が重要になります。

 

伝熱3形態
【図3 伝熱の3形態 *2),3)

 

3.熱と温度

伝熱3形態を理解する準備として、熱と温度を工学的な視点で整理しておきます。

(1)熱と温度の本質

「熱」は高温から低温へ移動するエネルギー形態の一つで、「熱エネルギー」とも呼ばれます。
熱エネルギーは、物質構成粒子である原子や分子などの運動エネルギーや振動エネルギーといった微視的な内部エネルギーです(図3)。
そして内部エネルギーの大きさの尺度が温度です。固体では分子(原子)の振動エネルギーの他、金属の自由電子も内部エネルギーに影響を与えます。単原子分子の気体では分子の並進運動エネルギーが主な内部エネルギーとなり、温度が高いほど分子の平均並進速度が大きくなります。
また、液体から気体などの相変化では、温度は変わりませんが内部エネルギーが大きく変化します。

 

内部エネルギーと温度
【図3 内部エネルギーと温度 *3)

 

(2)熱力学温度と温度目盛

伝熱を扱う場合、温度の尺度として熱力学温度が使用されます。熱力学温度の温度単位であるケルビン(K)はSI単位系の基本単位であり、ボルツマン定数 k から定義されます*4)

例えば、図3の気体では、内部エネルギーに相当する平均運動エネルギーεと熱力学温度Tの間には(1)式が成立します*2)。また0 Kは絶対零度とも呼ばれ、内部エネルギーがゼロになる事を意味しますが、熱力学の法則から絶対零度に到達することはできません。

 ε = 3/2kT ・・・(1)

実際に熱力学温度を測定することは困難なため、実用的な手段として国際温度目盛(ITS-90)が定められています*4)
これは、水の3重点が273.16 K、銀の凝固点が961.78 Kなど、実現象の温度から複数の温度を定義点として定め、定義点間の温度補間方法を定めた近似温度目盛です。国際温度目盛と熱力学温度の差は極めて小さく、工学上の問題にはなりません*5)

また私たちは、体温は約36 ℃、水の沸点は100 ℃など、セルシウス温度と呼ばれる温度目盛を日常的に使用しています。セルシウス温度は、1気圧下での水の氷点を0 ℃、沸点を100 ℃として、この温度範囲を100分割した温度目盛です。

セルシウス温度t(℃)と熱力学温度T(K)との間には(2)式の関係があります。

 t(℃) = T(K)- 273.15 ・・・(2)

工業的な現場においてもセルシウス温度は広く使用されていますが、ふく射伝熱や、気体の膨張や圧縮など熱力学的現象を扱う場合は(2)式により熱力学温度に換算する必要があります。

 

(3)温度計

実際に物の温度を測定するために、様々な物質の温度特性を利用した温度計が使用されます。
 

① 白金測温抵抗体

白金測温抵抗体は、白金の電気抵抗が温度によって変化することを利用した温度計です。

広い温度範囲で電気抵抗が温度変化に対してリニアに変化するため、安定で精度が良い温度計として、幅広い用途に使用されています。

 

② サーミスタ温度計

サーミスタとは”Thermally sensitive resistor”を語源としており、特定の温度範囲において温度変化に対する電気抵抗の変化が大きな素子です。サーミスタ温度計には、主に温度上昇時に電気抵抗が低下する「NTPサーミスタ」が使用されています(NTP: Negative Temperature Coefficient)。

サーミスタは小型化かつ安価であることから、プリント配線基板に実装されるなど、数多くの製品に組込まれています。

 

③ 熱電対

2種類の金属線の一端を接続すると、接続部と解放端の温度差が発生する熱起電力(電位差)が発生します。
熱電対は熱起電力から接続部の温度を評価する温度計です。

熱起電力は2種類の金属の組成と温度差のみに依存し、金属の形状や大きさには依存しないため、離れた場所の温度測定や、高い空間分解能での温度測定が原理的に可能ですが、熱起電力の基準温度補償など、測定精度の確保には注意が必要です6)。

 

④ 放射温度計

すべての物体は表面温度に応じた電磁波を放射しています(図1、ふく射伝熱参照)。
放射温度計は、物体からの放射強度に基づいて温度を評価する温度計です。

非接触で物体表面温度を測定できますが、筐体の内部など遮蔽物がある場合は温度計測ができない、物体表面材質や表面状態が測定値に影響を与えるといった欠点もあります。
放射温度計は、表面温度分布を測定するサーモグラフィーとしても利用されています。

 
次回は、伝熱の3形態の一つである伝導伝熱について解説します。

 

(アイアール技術者教育研究所 技術士(機械部門) T・I)

 


《引用文献・参考文献》

  • 1)魏「スパコンの熱設計」伝熱 29-249(2020),9-14
    https://www.htsj.or.jp/wp/media/2020_10.pdf (参照 2023-01-08)
  • 2)石原「熱と温度の科学」日刊工業新聞社 2019年
  • 3)JSMEテキストシリーズ「伝熱工学」第1章、日本機械学会 2005年
  • 4)国立研究開発法人 産業技術総合研究所 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門 “標準Standard”
    https://unit.aist.go.jp/ripm/thermog/standard.html#s1-1 (参照 2023-01-10)
  • 5)櫻井 他「1990年国際温度目盛に関する補足情報」計量研究所報告 41-4(1992),307-358
    https://unit.aist.go.jp/ripm/thermog/its-90/ITS-90supJ.pdf (参照2023-01-08)
  • 6)JSMEテキストシリーズ「伝熱工学」第7章、日本機械学会 2005年

 

【連載:伝熱の基礎】

 

 

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