チャンバーとは何か?分野・用途に応じた役割と技術概要を解説
「チャンバー」(chamber)とは、一般的に「小さな部屋」「隔離された空間」などといった意味の言葉であり、幅広い技術分野で使われている用語です。チャンバーは目立たない存在であることが多いですが、適用される様々な場面で重要な役割を果たしています。
今回は、分野・用途ごとに、チャンバーの役割とそれを支えるキーテクノロジーを解説します。
目次
1.自動車分野で使用されるチャンバー
例:2ストロークエンジンの排気チャンバー
オートバイなどの2ストロークエンジンでは掃気、圧縮、燃焼、排気という4つの工程があります。
掃気工程では、混ざった未燃焼のガスを排気チャンバーの膨張室から再び燃焼室へ送り返し、エンジンパワーを強める仕組みになっています。
ここでのキーテクノロジーは、図1のように排気チャンバーが膨張室を備えた力こぶのような絶妙な形状になっていることです。この形状により排気ガスがチャンバーの膨張室出口で詰まって、ぶつかることで排気ポートに向かって逆流する現象が発生します。排気ガスの逆流による干渉が発生し、混合気の吹き抜けを防止します。
このように、自動車分野での「チャンバー」という用語は、エンジン性能を向上させる役割を果たす技術として使われたりします。
【図1 エンジンの排気チャンバー】
2.建築分野で使用されるチャンバー
屋外の空気環境は、強い風が吹いたり、温度・湿度が変化したり常に一定ではない状態です。さらに、屋外は騒音もあります。建物内にそのまま屋外の空気を導入したら「給気のムラ」が生じてしまい、空調設備を常に正常稼働させるのは困難となり、静かな室内を維持できません。
このような問題を防ぐために使用されるのがチャンバーです。「チャンバーボックス」とも呼ばれています。
チャンバーは、図2に示すようにダクトよりも大きく膨らんで見える部分です。
消音と保温のためチャンバーにグラスウールが内貼りされています。建築分野でのチャンバーのキーテクノロジーは、この「膨らんだ空間+グラスウール内貼り」です。これにより、屋外の空気との温度差、風の勢い、騒音などを緩和できるのです。
建物内のチャンバーは、空調機前後、エルボ、吹出口などに設置されています。いずれも天井裏なので、普段は目にすることはありませんが、チャンバーは室内の環境を整える役割を果たしています。
なお、建物のチャンバーの標準的な大きさは、W400~500mm×D400~500mm×H250~300mmですが、これより大きくなることもあります。
【図2 建物のチャンバー(チャンバーボックス)】
3.生産現場で使用されているチャンバー
例1:射出成形機のホットチャンバー
自動車部品や家電製品などに用いるプラスチック(樹脂)製品を生産するために、射出成形機と金型が使われることが多いです。射出成形プロセスは、大まかには以下のサイクルを繰り返して生産します。
- ① 固体の樹脂をホッパーから供給
- ② 射出成形機のホットチャンバー内で、ヒータで熱せられることで固定の樹脂から溶けた樹脂に変化
- ③ 金型内に溶けた樹脂をホットチャンバーから射出し、金型内で樹脂が冷却し製品完了
図3に示すように、射出成形機のチャンバーは溶けた樹脂を射出させる役割を果たしています。
チャンバー内のスクリューの位置制御とヒータの温度制御がキーテクノロジーになります。
なお、ホットチャンバーは、「シリンダー」と呼ばれることもあります。
【図3 射出成形機のホットチャンバー】
例2:真空蒸着装置のチャンバー
半導体の生産現場で、電子製品に数10〜数100μmの高密度な薄膜皮膜を形成させるには、真空チャンバーを備えた真空蒸着装置が必要になります。
真空蒸着とは、真空中で膜材料を加熱し熱エネルギーを与え、膜材料を蒸発させて、基板の表面に蒸発した粒子(蒸着粒子)を付着させて成膜させる方法です。
ここでのキーテクノロジーは、図4に示すように装置内を真空のチャンバーにしていることです。
【図4 真空チャンバー】
真空にする目的の一つは、蒸発源から飛び出した原子・分子が基板に届くまでに、真空にすることより、気体分子によって散らされないようにするためです。
そしてもう一つの目的は、真空状態にして金属の沸点を下げ、材料を蒸発しやすくするためです。
真空のレベルは、高真空(10-1Pa未満、10-6Pa以上)の圧力範囲に相当します。成層圏よりもさらに上空の熱圏の圧力範囲に相当します。
この中で、真空蒸着に必要な真空度は、10⁻3Pa~10⁻5Paとされています。大気から高真空にするには、最初に粗排気用ポンプで排気し、次に主排気用ポンプ+粗排気用ポンプの2台直列で排気します。
材料を蒸発させ基板に薄膜皮膜を形成させる為に、チャンバーは装置内を高真空に保つ役割をしています。
なお、真空蒸着装置のチャンバー形は多角筒形状、円筒形状があり、大型でも真空室径 φ900mm×950mmH程度です。
[※関連記事:3分でわかる 真空蒸着の基礎知識(原理/装置構成/プロセスの概要など) ]
4.試験・実験で使用されているチャンバー
例1:スペースチャンバー
宇宙環境の評価に用いるのが「スペースチャンバー」と呼ばれるもので、超高真空(10-6Pa未満、10-9Pa以上)の圧力範囲を再現するチャンバーです。
スペースチャンバーは国際宇宙ステーションなどのある真空度を想定しています。地上で宇宙空間の環境が模擬できるため、今後ますます不可欠な設備となっています。
キーテクノロジーは、チャンバー内で超高真空を作る技術と、その真空度を維持するシール技術です。
真空度を高めるために残留した気体分子を真空チャンバーの壁に吸着して排気する「金属のゲッター作用」を活用した特殊なチャンバーを使用しています。さらに、シール面が分子レベルでしっかりと封止できる構造が必要となります。
チャンバーの大きさは最大級のもので13m(径)×16m(長)のものや、小型のものでは、1m(径)×1.5m(長さ)のものもあります。スペースチャンバーは、宇宙空間に近い環境を再現する役割を果たしています。
なお、月や銀河系の宇宙空間の真空度は、極高真空10-9Pa未満とのことです。この圧力範囲のチャンバー技術も理化学研究所などで開発中ですが、工業的な実用化には至っていないのが現状のようです。
【図5 スペースチャンバー】
例2:環境チャンバー
自動車で使用されている部品は、砂漠、熱帯雨林、南極(寒冷地帯)など様々な環境で使用されても性能が保たれる必要があります。環境チャンバーは、様々な環境を再現するための試験装置です。
自動車部品の品質評価は、実際の道路で自動車を走らせて確認する「実車耐久試験」で最終確認しますが、実車耐久試験は数ヶ月~1年もかかります。
自動車部品の中には、試行錯誤を繰り返しながら何回も試験をしながら開発する場合があり、短時間である程度の結果が出る試験が不可欠となります。
キーテクノロジーは、長時間の実車耐久試験で行う試験に相当する環境を、短時間で再現する技術です。
これは、環境チャンバーによる「加速試験」と呼ばれるものです。
典型的な加速試験が温度サイクル加速試験です。
図6に示すように温度サイクル加速試験はチャンバー内に部品を設置し、高温・低温を交互に繰り返します。例えば、30分1サイクルとすれば、1000サイクル後の約20日後に1回目の結果がでます。
温度変化のストレスを自動車部品(半導体デバイスなど)に印加することにより故障要因を活性化し,短時間で故障を発生させるものです。
なお、環境条件をより実際の環境に近づけるため、温度変化のみでなく、湿度、圧力、光学性能、振動などの要因も温度サイクル加速試験に追加する場合もあります。
従って、環境チャンバーは、実際の走行に近い環境を再現する役割を果たしています。
チャンバーの大きさは、部品のテスト用で約1m x 1m x 1mくらいが標準ですが、車全体が入る大型のものもあります。
【図6 環境チャンバー(温度サイクル加速試験)】
例3:細胞培養チャンバー
「細胞を培養する」ことは、細胞を生物の生体内から取り出し、生体外で生かし続けることです。
細胞を培養するには、その細胞を取り出す前の生体内環境に近づける必要があります。
ここでのキーテクノロジーは、それぞれの生体の培養に適した 環境(温度、pH、酸素分圧、二酸化炭素分圧など)をチャンバー内で再現させ、ウェルティッシュ培養プレート内で培養することです。
例えば、図7に示すようにCO2、N2、O2ガスを混合して指定濃度に調整しガスを加湿器に通した後、培養チャンバーに供給し、ヒーターユニットにより生体の温度に制御します。
また、最近では血圧、大腸内圧など生体内の圧力を考慮した培養環境を作り出す装置(加圧細胞培養チャンバー)も開発されています。
従って、細胞培養チャンバーは、生体の様々な環境を再現する役割を果たしています。
【図7 細胞培養チャンバー】
その他にも、例えば食品分野では、ドライフードを製造するための凍結真空乾燥で使用される真空チャンバーなどがあり、チャンバーは様々な分野で活躍しています。
(アイアール技術者教育研究所 T・I)
≪引用文献、参考文献≫
- 1)石井 清,「薄膜作製のイロハ,真空蒸着法とスパッタリング法」, 応用物理 第80巻 第7号(2011)
- 2)吉田 肇, 「JIS Z 8126-1 真空技術 一般用語の改正」, 2021年日本表面真空学会学術講演会