超高圧装置の基礎知識|超高圧合成の事例・技術動向を解説《グラフェンでも注目》

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超高圧合成

超高圧」は、黒鉛(グラファイト)からのダイヤモンド合成のように、他の方法では困難な物質合成に有効な手段として知られています。

本稿では超高圧合成の装置代表的な合成事例近年の話題について解説します。
 

1.超高圧装置の機構と進歩

超高圧の発生方法は、表1に示したように、静的動的に大別されます1)
広く用いられているのは静的方法です。

【表1 超高圧の発生方法】

静的 動的
エネルギー源 油圧等で発生させた力 ・火薬の化学エネルギー
・コンデンサーに蓄積した電気エネルギー
高圧発生の機構 大きな力を小さな領域に集中 大きなエネルギーを短時間に小さな空間に集中
→衝撃圧縮状態
特徴 時間や温度を自由に設定可能 圧力と温度の独立制御は困難

 
図1は静的方法の原理を表したものです。
世界初の静的高圧実験は20世紀初頭に米国ハーバード大学のブリッジマンが行ったとされていますが、その時の装置は図1中の(Ⅰ)の形式でした。
その後、原理は同じなのですが、より高圧の実験を行うために形式が(Ⅱ)へ、更に(Ⅲ)へと進化してきました1)

 

静的超高圧装置の形式
【図1 静的超高圧装置の形式】

 

現在では静的超高圧装置は、①ベルト(Belt)装置と②ベルトよりも高圧が可能なダイヤモンド・アンビル・セル(=DAC装置)に分類されています。

ではどこまでの超高圧・高温が達成されているのでしょうか?

つくば市にある物質・材料研究機構(NIMS)の超高圧グループは、世界でも有数の装置と技術を有していると評価されています。
図2は世界とNIMSの到達点および今後の目標を、NIMSがまとめたものです2)
なおGPaという圧力単位は、1 GPa=1万気圧と覚えて下さい。

 

超高圧・高温の到達点
【図2 超高圧・高温の到達点 ※画像引用2)

「超高圧・高温の到達点」説明

 

2.従来の超高圧合成の事例

超高圧合成の代表例は、やはりダイヤモンドです。
ダイヤモンドと黒鉛は炭素Cの同素体です。

超高圧・高温条件下でのそれぞれの安定領域を図3に示します2)
 

超高圧・高温下の炭素の安定相
【図3 超高圧・高温下の炭素の安定相 ※画像引用2)

 

図3の赤点線が相平衡線です。ダイヤモンドの安定領域が地球内部の条件と重なることが分かります。
原料となる黒鉛をこの領域の条件に保持することにより相転移が起こり、ダイヤモンドが得られます。

超高圧・高温下での相転移は、炭素Cだけでなく、窒化ホウ素BNでも同様に起こることが知られています3)

・二次元の黒鉛型の BN=方晶BN=h-BN から
・三次元のダイヤモンド型の BN=方晶BN=c-BN への
 相転移が起こります。

この他にも多くの合成例が報告されています。詳細は成書をご参照下さい3)

 

3.グラフェン製造用平滑基板としての六方晶BNの高純度結晶

物質・材料研究機構(NIMS)の谷口尚氏と渡辺賢司氏は、光学材料向けの立方晶BNの高純度結晶を、六方晶BNの粉末からベルト型超高圧・高温装置で合成する検討に取り組んでいました。
その過程で、二人が当初は求めてはいなかった六方晶BNの高純度結晶が得られる条件があることを、主検討の副産物として見出しており、2004年発表の論文に記載しました。

そして2010年頃に、この六方晶BNの高純度結晶が注目を集める状況が生まれました。

グラフェン」という材料をご存じかと思います。グラファイト構造を有する単層材料であり、将来の電子材料として高い期待が寄せ得られています。
ただグラフェンには、これを形成する基板が完全に平滑で高純度でないと無欠陥の高性能グラフェンが得られないという問題があります。2010年当時、世界中のグラフェンの研究者は平滑で高純度な基板を必死になって探していたのです。

NIMSが合成した六方晶BNの高純度結晶がその基板として最適であることが判明し、2010年以降、世界中からNIMSの谷口氏らに試料提供の依頼が相次いでいるようです4)
谷口氏らの超高圧・高温装置で合成した結晶が、世界のグラフェン研究を支えている状況にあります。
谷口氏は六方晶BNの高純度結晶の製造条件について、約4GPa(4万気圧)・約1600℃で7-10日間だと述べています5)

 

4.超伝導における超高圧

電気抵抗ゼロの超伝導の分野でも超高圧は重要です。なお、この分野での超高圧は材料合成時に加圧するだけではなく、測定時あるいは使用時にも加圧しますので、ご留意願います。

特定組成の金属水素化物の臨界温度Tc(超伝導状態になる最高温度)が、表2に示すように、超高圧下で室温に近い温度となるという理論予測があります6)

実際2019年に、米国ジョージ・ワシントン大からランタン過水素化物の臨界温度Tcが 200GPaで260K以上7)、独マックス・プランク研究所からLaH10のTcが180GPaで250Kとの報告が出ています8)。ただ、これだけの超高圧だと実用性が気になります。

2023年3月には米国ロチェスター大学から、窒素をドープしたルテチウム(Lu)の水素化物のTcが、超高圧の中では比較的低圧の1GPaで294K(21℃)であったと報告されて話題になりました9)
この報告については他の研究者が確認できていない段階10)のようですが、もし事実であれば画期的です。

 

【表2 超高圧の発生方法】

金属水素化物 圧力,GPa 臨界温度Tc,K
MgH6 300 263
CaH6 150 220-235
YH6 120 251-254
LaH6 100 150-160
YH10 250 291
LaH10 200 288
AcH10 200 226-251
 

以上のように超高圧合成は、この技術でしか成し得ない特性を活かして、今後も材料開発において大きな役割を果たしていくと予想されます。
 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献、参考文献》

  • 1) 八木健彦, 超高圧の世界, 岩波書店(2002)
  • 2) 物質・材料研究機構(WEBサイト)
    https://www.nims.go.jp/high-pressure/
  • 3) 化学総説No22, 超高圧と化学, 学会出版センター(1979)
  • 4) Nature 572, 429-432 (2019)
  • 5) 東京新聞2023年5月21日付「世界注目、高純度結晶を生成 物質・材料研究機構 フェロー・谷口尚さん」
  • 6) J. Chem. Phys. 150, 050901 (2019)
  • 7) Phys. Rev. Lett. 122, 027001(2019)
  • 8) Nature 569, 528–531 (2019)
  • 9) Nature 615, 244–250 (2023)
  • 10) 清水克哉, 室温付近超伝導, 日本物理学会誌78(5), 252-253(2023)
    https://www.jps.or.jp/books/gakkaishi/2023/05/05/78-252_topics.pdf

 

 

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