- おすすめ
不具合未然防止の基本と実務への適用《事例で学ぶ FMEA/FTA/DRBFMの効果的な使い方》(セミナー)
2024/12/3(火)9:30~16:30
お問い合わせ
03-6206-4966
国連食糧農業機関(FAO)が2013年5月に発表した「食用昆虫類:未来の食糧と飼料への展望」(Edible insects: Future prospects for food and feed security)という報告書は、食品産業従事者に衝撃を与えたのではないでしょうか。
昆虫食・食用昆虫について一部では以前から研究されていたようですが、国連がある意味お墨付きを与えたわけですので、食品産業のパラダイムシフトともいえるでしょう。
今回は、新たな食糧資源として世界的に注目を集めている「昆虫食」の基礎知識をご紹介します。
「昆虫食」は文字通り「昆虫を食べる」ということです。
現代人には抵抗があると思われますが、実は人間は大昔から昆虫を食べており、現在でも一部の国・地域では日常的に昆虫食が行われています。
日本ではイナゴの佃煮、蜂の子(クロスズメバチの幼虫)やザザムシ(カワゲラやトビケラの幼虫)料理などが伝統食として有名です。蚕のさなぎも、50年ほど前には家庭の食卓で日常的に食べられていたそうです。
大正時代の調査によれば、食用として消費されていた昆虫は55 種、薬用としてはさらに多い123 種との報告例(*1)があります。さらに過去に遡ってみると、縄文時代の遺物や糞石などの調査から縄文人は昆虫を食していたことが明らかになっています。
(*1)「農事試験場特別報告31号」, p.1-203(1919-01)、
「昆虫食古今東西」, 三橋 淳 著, オーム社, 2012/07/25発行
また、海外でも、中国南部、韓国、東南アジア各国(タイ、ベトナム、ミャンマー、インドネシア)、オセアニア(パプアニューギニア、オーストラリア(アボリジニ―))、アフリカ各国など国・地域によっては現在でも昆虫食は盛んで、普通のことです。
FAO報告書では、世界の人口の爆発的増加に対応するためのタンパク源や、牛などの飼育による環境負荷を軽減する有望な「家畜」として昆虫に注目しています。
FOAは、人口が90 億人近くに達すると見込まれる地球の食糧問題の解決手段のひとつとして昆虫食を推奨しています。
といった点が、牛肉や豚肉と比較した場合の優位性として挙げられています。
この報告書によれば、現在でも世界中に20億人以上の人々が、甲虫、イモムシ、ハチ、バッタといった1,990種類を超える昆虫類を食用として利用しています。
消費量が多いのは、甲虫類(31%);毛虫(18%); ミツバチなどのハチ及びアリ(14%); バッタ、イナゴ、コオロギ(13%)とのことです。
先ずFAO報告書を概観してみましょう。
以下は、この報告書(全201ページ)の目次の大項目です。この目次を見るだけで、報告書の内容がある程度把握できると思います。
Edible insects : Future prospects for food and feed security | 食用昆虫類:未来の食糧と飼料への展望 |
1. Introduction | ・はじめに |
2. The role of insects | ・昆虫類の担う役割 |
3. Culture, religion and the history of entomophagy | ・昆虫食性の文化、宗教観及び歴史 |
4. Edible insects as a natural resource | ・天然資源としての食用昆虫類 |
5. Environmental opportunities of insect rearing for food and feed | ・食品及び飼料用としての昆虫類の繁殖に関する環境機会 |
6. Nutritional value of insects for human consumption | ・ヒトの消費用の昆虫類の栄養価 |
7. Insects as animal feed | ・動物用飼料としての昆虫類 |
8. Farming insects | ・昆虫類の飼育 |
9. Processing edible insects for food and feed | ・食品及び飼料用の食用昆虫類の加工 |
10. Food safety and preservation | ・食品安全及び保存 |
11. Edible insects as an engine for improving livelihoods | ・生活改善の起爆剤としての食用昆虫類 |
12. Economics: cash income, enterprise development, markets and trade | ・経済:現金収入、事業振興、市場及び貿易 |
13. Promoting insects as feed and food | ・食品及び飼料としての昆虫類を広めるために |
14. Regulatory frameworks governing the use of insects for food security | ・食糧確保を意図した昆虫類の使用を規制する規則の枠組 |
15. The way forward | ・前進に向けて |
※目次日本語訳は内閣府食品安全委員会(https://www.fsc.go.jp/fsciis/foodSafetyMaterial/show/syu03830870295)より引用
以下、この報告書とEur J Clin Nutr. 2016 Mar; 70(3): 285–291から、筆者が注目した箇所をいくつかとり上げてみます。
昆虫類を飼料として利用することは以下のような利点があります。
① 飼料転換効率(動物が飼料を変換する能力:体重増加1kgあたりの飼料kgとして表される)が高い。
飼料必要量 (1Kg当たり) |
|
鶏 | 2.5Kg |
豚 | 5Kg |
牛 | 10Kg |
コオロギ | 1.7Kg |
② 環境汚染を減らしつつ廃棄物に付加価値を賦与しながら動物を飼育できる。
③ 温室効果ガス(GHG)やアンモニアの排出量が少ない。
※FAO報告書からの転載
図上:GHGs排出量(左からミールワーム、コオロギ、イナゴ、豚、牛)
図下:アンモニア排出量(左からミールワーム、コオロギ、イナゴ、豚)
④ 水の使用量は牛を飼育する場合と比べてはるかに少ない。
⑤ 動物福祉の問題がない(昆虫が痛みを経験するかは未知の問題ではあるが)。
⑥ 人獣共通感染症を感染させるリスクが低い。
種や食べ物の種類によって異なりますが、多くの昆虫はタンパク質、脂肪、カルシウム、鉄、亜鉛が豊富です。
例えば、ゴミムシダマシ科の甲虫の幼虫であるミールワーム(Mealworm)のオメガ3系(α-リノレン酸、EPA、DHAなど)およびオメガ6系(リノール酸、アラキドン酸など)不飽和脂肪酸の含有量は魚のそれに匹敵し、タンパク質、ビタミン、ミネラルの含有量は魚や肉と同等です。
タンパク質(g) | 脂肪(g) | 鉄分(mg) | カルシウム(mg) | ビタミンA(mg) | |
牛肉 | 20.6 | 9.3 | 1.95 | 5 | 0 |
鶏肉 | 19.9 | 7.2 | 0.88 | 8 | 0 |
豚肉 | 20.1 | 12.4 | 0.8 | 7 | 0 |
コオロギ | 20.1 | 5.06 | 5.46 | 104 | 6.53 |
ミールワーム | 19.4 | 12.3 | 1.87 | 42.9 | 9.59 |
蚕(蛹) | 14.8 | 8.26 | 1.8 | 42 | – |
ヤシオオオサゾウムシ幼虫 | 9.96 | 9.96 | 2.58 | 39.6 | 11.3 |
ヤママユガ幼虫 | 35.2 | 15.2 | – | 700 | – |
可食部100gあたりの内訳
※Eur J Clin Nutr. 2016 Mar; 70(3): 285–291のTable 1とTable 2より抜粋、編集
日本食品標準成分表 2020年版(八訂)から畜肉、魚肉及び昆虫(蜂の子、イナゴ)の栄養成分を抜粋した結果は以下の通りです。
可食部100g当たり | エネルギー | タンパク質 | 脂質 | カリウム | カルシウム | マグネシウム | リン | 鉄 | 亜鉛 | β―カロテン当量 |
単位 | (kcal) | ( g ) | ( g ) | ( mg) | ( mg) | ( mg) | ( mg) | ( mg) | ( mg) | ( μg) |
和牛肉もも(ゆで) | 302 | 25.7 | 23.3 | 120 | 4 | 15 | 120 | 3.4 | 6.4 | 0 |
豚ロース(ゆで) | 299 | 23.9 | 24.1 | 180 | 5 | 19 | 140 | 0.4 | 2.2 | 0 |
若鶏ささみ(ゆで) | 121 | 29.6 | 1.0 | 360 | 5 | 34 | 240 | 0.3 | 0.8 | Tr |
真鯖(水煮) | 253 | 22.6 | 22.6 | 280 | 7 | 29 | 210 | 1.3 | 1.1 | 0 |
いなご(佃煮) | 243 | 26.3 | 1.4 | 260 | 28 | 180 | 4.7 | 3.2 | 900 | |
蜂の子(くろすずめばちの幼虫)缶詰 | 239 | 16.2 | 7.2 | 110 | 11 | 24 | 110 | 3.0 | 1.7 | 500 |
以下は牛肉とミルワームのタンパク質のアミノ酸組成(必須アミノ酸)です。
この表からも昆虫の栄養成分が優れていることが分かります。
g/kg乾燥重量 | 牛肉 | ミールワーム (Tenebrio molitor) |
|
イソロイシン | Ile | 16 | 24.7 |
ロイシン | Leu | 42 | 52.2 |
リシン(リジン) | Lys | 45 | 26.8 |
メチオニン | Met | 16 | 6.3 |
フェニルアラニン | Phe | 24 | 17.3 |
トレオニン(スレオニン) | Thr | 25 | 20.2 |
トリプトファン | Trp | ー | 3.9 |
バリン | Val | 20 | 28.9 |
※FAO報告書のTABLE 6.8より必須アミノ酸を抜粋
昆虫食は、
との指摘があります。
FAO報告書では、Orthoptera(バッタなどの直翅目)摂取による喘息症状や、タガメ(giant water bugs)摂取によるアレルギー症状が紹介されていますが、節足動物や昆虫へのアレルギーがない多くの人であれば、アレルギーを惹起するリスクは低いであろうと述べています。なお、昆虫はカニやエビに近い種族であるため、甲殻類アレルギーを引き起こす可能性もあります。
しかし、昆虫は衛生的な環境で扱われる限り、病気や寄生虫が人間に伝染した事例は知られていません。
また、欧州連合(EU)には、食品に関して「ノヴェルフード(新規食品)」という規定があり、域内での販売は欧州委員会(EC)の認可が必要ですが、最近、欧州食品安全機関(EFSA)が、乾燥イエローミールワーム(チャイロコメノゴミムシダマシの幼虫)に、食用昆虫として初めて「安全宣言」を出したと伝えられています。
これを受けてか、飼料用のミールワーム養殖事業を手掛けるフランス企業であるインセクト社が、食用ミールワームの先端企業オランダのプロティファーム社を買収したという情報もありました。
また、欧州の団体IPIFF(International Platform of Insects for Food and Feed)が2020年春に行った調査によれば、欧州では、これまでに約900万人が昆虫もしくは昆虫を用いた食品を摂取しているというニュースもあります。
ご存じの通りSDGsとは、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称で、2015年9月に国連で採択されました。
SDGsは17の目標を掲げていますが、昆虫食はSDGsと密接な関係があると言われています。
今後、人口が増加するとタンパク質が不足することが予想されます。
先に述べた通り、昆虫は高タンパク質であるので、昆虫食の普及はSDGsの目標の2の「飢餓をゼロに」 に寄与し、食料安全保障及び栄養改善を実現します。
FAO報告書にも記載されている通り、昆虫の飼育による温室効果ガス(GHG)やアンモニアの排出量は少ないため、牛肉や豚肉の代わりに昆虫食を食べることは、SDGsの目標13の「気候変動に具体的な対策を」に寄与すると言えます。
家畜の代わりに昆虫を育てることは、SDGsの目標の15の「陸の豊かさも守ろう」に該寄与すると言えます。
昆虫食の普及に伴い、昆虫食の市場規模が拡大し、一つの産業として確立していくことよりサステナブルな産業基盤を確立することになり、ひいてはSDGsの目標の9の「産業と技術革新の基盤をつくろう」につながります。
Entomo Farms社はカナダのオンタリオを拠点とする北米最大規模の食用コオロギを養殖する企業であり、同社のコオロギ由来のタンパク質粉末で、クッキー、マフィンやスムージーを作ることができるとのことです。
ペットフード、肥料用にコオロギを他社へ提供しています。
Cricket One社は、ベトナム発の企業です。
コオロギを原料にタンパク質を製造しています。
Entis社は、フィンランド発の企業です。
オールミルクに混ぜるタイプのコオロギプロテイン粉末や、チョコレート風味を加えたシリアルタイプの商品を販売しています。
ENTOCUBE社は、フィンランドの草分け的な昆虫食関連企業です。
虫の飼育から売り方までを指導する「昆虫養殖システム」の販売に重点を移しているとのことです。
ルオホンユーリは、フィンランドの自然食品店です。
蜂蜜味やホットペッパー味などのコオロギ商品を販売しています。
Cricket Labは、タイ最大規模のコオロギ養殖工場です。
月に約16トンのコオロギを生産し、乾燥コオロギや粉末として欧州やオーストラリア、北米などに輸出しているとのことです。
世界で最もハイテクな昆虫のコロニーを建設中とされるフランスのスタートアップ企業です。
ハイテク垂直昆虫農場(主にミールワームを飼育)によって、魚の餌に使える昆虫タンパクを生産しているようです。
簡単なキーワード検索でヒットした日本特許文献から、そのうちいくつかをピックアップしてみました。
特許文献の内容については、J-Platpatへのリンクからご参照ください。
ということで今回は、昆虫食に関する基礎知識を簡単に紹介しました。
昆虫食ビジネスに携わる方は、上記のような外国企業の特許情報も含めて、最新の技術動向をチェックされると良いでしょう。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 A・A)
(1)国連食糧農業機関(FAO)「食用昆虫類:未来の食糧と飼料への展望」(Edible insects: Future prospects for food and feed security)
http://www.fao.org/docrep/018/i3253e/i3253e.pdf
(2) 内閣府「国際連合食糧農業機関(FAO)、食品及び飼料における昆虫類の役割に注目した報告書」
https://www.fsc.go.jp/fsciis/foodSafetyMaterial/show/syu03830870295
(3) Eur J Clin Nutr. 2016 Mar; 70(3): 285-291
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4781901/#bib43
(4)日本食品標準成分表2020年版(八訂)
https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/mext_01110.html