生成AIの利用における著作権侵害の考え方をやさしく解説
ChatGPTやStable Diffusionなどを皮切りに、様々な生成AIサービスが登場し、社会に急速に浸透しつつあります。そのような激しい変化のなかで、AIに生成させさえすれば、どんなものでも著作権侵害にならずに自由に使えるといった風潮も見受けられます。しかし、そのようなことはありません。
AI生成物の利用には一定の注意が必要です。
本コラムでは生成AIの利用における著作権侵害について説明します。
生成AIを活用によって著作権問題(トラブル)が生じることがないように、知識と考え方を整理しましょう。
目次
1.《前提知識》著作権侵害とは
生成AIの利用における著作権侵害を理解するためには、まず著作権と著作権侵害の基本を理解する必要があります。
(1)著作物とは
著作権とは、著作物を保護する権利です。
著作物とは、小説・音楽・美術・映画・コンピュータプログラムなど、思想や感情を創作的に表現したものです。ただし、「表現ではないアイデア」、単なるデータやありふれた表現などは著作物に該当しません。
「表現ではないアイデア」とは
生成AIとの関係では、表現ではないアイデアの考え方が重要になります。
例えばピカソの絵画は著作物ですが、ピカソの画風はアイデアです。
また、ドラえもんのイラストや漫画は著作物ですが、ドラえもんの「未来から来たロボットが人を助ける」という設定はアイデアです。
したがって、ピカソの画風や上述のドラえもんの設定を使って、表現が類似しない新たな絵画や漫画を創作することは著作権侵害にはなりません。
(2)著作権とは
著作物を創作した時点で著作者には、著作権と著作人格権が自動的に与えられます。
本コラムでは著作権に焦点を当てて説明します。
著作権は、赤枠のように著作物の利用形態ごとに複製権、上演権などの権利が定められており、著作権の侵害を考える際には、どのような利用をすれば、どの権利が働くのかを理解することが重要です。
上のように、著作物Aの画像を①PCに保存し、②改変を加え、③SNSにアップロードする行為は、①複製、②翻案、③公衆送信といった利用にあたり、それぞれ①複製権、②翻案権、③公衆送信権が働くことになります。
したがって、著作物Aの著作権者から許諾を得ておらず、また後述する許諾を得ずに利用できる場合に該当しない場合は著作権侵害となります。
「著作権者から許諾を得ずに利用できる場合」とは
著作権法では、私的使用のための複製・翻案や引用など一定の場合に著作権者の許諾を得ることなく利用できることが定められています(権利制限規定)。
例えば、上図の①、②の複製、翻案が、③の公衆送信に至らずに、私的使用の目的にとどめられていれば、著作権者から許諾を得なくても著作権侵害となりません。
(3)著作権侵害の要件
生成AIとの関係で特に重要となる利用形態は複製と翻案です。
複製や翻案が著作権侵害となるか否かの判断については、主に次の2つの要件で判断されます。
後発の作品が「既存の著作物と同一または類似」していること(類似性)、既存の著作物に「依拠」して複製または翻案されたこと(依拠性)。この両方を満たすことが求められます。
(a)類似性の判断
「既存の著作物と同一または類似」とは、創作的表現が同一または類似していることが必要です。
つまり、なんとなく既存の著作物と似ていると思われる場合でも、共通している部分が表現ではないアイデアの部分であったり、創作性がない部分である場合、類似性は否定されます。
(b)依拠性の判断
「依拠」とは、既存の著作物に接し(アクセスし)、それを自己の作品に用いることを言います。
例えば、過去に目にした既存のイラストを参考に、これと類似するイラストを作成する場合、イラストの作成者が既存の著作物を認識して、これを利用して新たな作品を制作していますので依拠性があると言えます。
しかし、既存の著作物に接していたか、という制作者の内面を立証するというのは困難です。そのため多くの裁判例では、制作者が既存の著作物に接する機会があったか、また既存の著作物が周知・著名なものだったか、といった間接的な事実から制作者が既存の著作物を認識していたということを認定しています。
また、後発の作品が既存の著作物と殆ど一致しているなど、後発の作品と既存の著作物との同一性の程度が高ければ、他人の著作物をそのまま利用したということで依拠性も認められやすくなります。
2.著作権侵害に関する生成AIの使用
では、生成AIを使用してコンテンツを作成した場合、著作権侵害はどのように判断されるのでしょうか。
AIによる生成と著作権侵害の判断
生成AIを使用して絵や文章などのコンテンツを作成した場合、著作権侵害の判断は、生成AIを使用せずに絵や文章を作成した場合と同じように行われます。
つまり、類似性と依拠性という著作権侵害の要素に基づいて判断され、AIが生成したものであれば何でも自由に使用できるわけではありません。
(a)類似性の判断
生成AIを使用せずに作成された作品と同じように類似性は判断されます。
つまり、創作的表現が類似している必要があります。
画風や設定などの表現ではないアイデア、あるいはありふれた表現などの創作性のない部分が類似しているだけであれば、類似性は否定されます。
(b)依拠性の判断
依拠性も生成AIを使用せずに作成された作品と同じように判断されます。
つまり、AIユーザーが他人の著作物を認識していて、その著作物と類似したものをAIで生成した場合、依拠性は認められます。
しかし、問題となるのは、生成AIが学習したデータに他人の著作物が含まれていて、AIユーザーが意図せずに、それを元に類似したものが生成された場合などです。
AIユーザーは、通常、生成AIがどの著作物から学習したのかを知らず、また生成されたものが学習データのどの著作物を元にしたのかを知ることはできません。
しかし、生成の過程でAIが他人の著作物にアクセスし、これを元に類似したものが生成された以上は、既存の著作物に依拠しているとも考えられます2)。
依拠性の判断に関する様々な見解
実は、このようなケースで依拠性がどの程度認められるかは行政の検討委員会、実務家や学者間で一致した見解がなく、最終的には司法の場で個別に判断されると考えられます2)、3)、4)。
様々な見解として、元の著作物がAIの学習に使用されていれば依拠性を認めてもよいといったものや、学習済みモデル内にデータが創作的表現の形で保持されている場合には依拠性を認めてよいといったものがあります。
その一方で、AIユーザーが学習データに何が含まれているのか、生成物がどの著作物に依拠したものかを判断できない場合にまで、一律に依拠を認めることは生成AIの活用を制限する可能性もあるため慎重な検討が必要であるとの意見もあります。
3.生成AIの利用による著作権侵害リスクへの対策
生成AIの利用による著作権侵害のリスクを減らすためには、例として以下のような点に注意を払うとよいとされています1)。
- AIが生成した物が既存の著作物と類似していることが判明した場合、それをそのまま利用するのは避ける。
- そのまま利用する場合は、その著作物の著作権者から許諾を得てから利用する。
- 生成物に大幅に手を加えて、既存の著作物とは全く異なる著作物になるようにする。
4.著作権侵害をしていないか?その意識が重要
生成AIを利用する場合でも著作権侵害の判断は、生成AIを使用せずに制作した場合と同じように行われます。
本校執筆時(2023年7月)の段階では、まだ生成AIに関する著作権侵害事件の判例・事例も少なく、必ずしも明確でない点もありますが、著作権侵害の要件を満たさないよう注意が必要です。
このコラムでは、著作権のなかでも著作権者(映画、音楽)の権利について説明しましたが、俳優、歌手、演奏家などの”パフォーマンス”や”レコード”に関連する”著作隣接権”については別途検討が必要であり、生成AIの種類や利用方法と関連して別の問題が生じる可能性もあることに注意してください。
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《引用文献、参考文献》
- 1)文化庁 令和5年度著作権セミナー 「AIと著作権」
- 2)愛知靖之(2020)「AI 生成物・機械学習と著作権法」、パテント、Vol. 73 No. 8、8(別冊 No.23)、131-146頁
- 3)新たな情報財検討委員会 報告書 データ・人工知能(AI)の利活用促進による産業競争力強化の基盤となる知財システムの構築に向けて-
- 4)次世代知財システム検討委員会報告書 デジタル・ネットワーク化に対応する次世代知財システム構築に向けて