3分でわかる技術の超キホン Fischerのインドール合成と医薬品
「Fischer(フィッシャー)のインドール合成」は、アルカロイドやインドール骨格を有する医薬品の合成によく用いられる合成手法の一つです。
アミノ酸の一種であるトリプトファン、脳内神経伝達物質のセロトニン、植物ホルモンのインドール酢酸など実に多くのインドール骨格を持つ化合物が知られています。インドール骨格の合成方法はいろいろ知られておりますが、Fischerのインドール合成が最も有名な合成方法といえます。
今回は、Fischerのインドール合成に関連する化学反応や医薬品をご紹介いたします。
目次
1.Fischerのインドール合成とは?
「Fischerのインドール合成」とは、α位にメチレンを持つアルデヒド・ケトンとアリールヒドラジンとの反応で生成するアリールヒドラゾンを酸触媒の存在下加熱すると、インドール誘導体が生成する反応です。
酸触媒はルイス酸が主に用いられます。
Fischerのインドール合成の反応機構は複雑であり、転移やアンモニア脱離を伴う縮合を経ていると考えられています。
また、比較的入手容易なアリールハライドとヒドラゾン間のBuchwald-Hartwigカップリングを経由する改良法も開発されています(Buchwald変法)。
2.Fischerのインドール合成の発見
E.Fischerは、ストラスブルグ大学の助手時代、ベンジジンのジアゾ化の反応を検討していた際に、フェニルヒドラジンの合成に成功し、以後ヒドラジン関連の研究を続けていました。
エルランゲン大学の教授になった後に、フェニルヒドラジンとカルボニル化合物との反応を検討する中で、1883年にインドールの生成反応を発見しました。
その後、カルボニル基の隣にメチレン基を持つ広範囲のアルデヒドやケトンとの反応からインドール誘導体を合成できることを示しました。
Fischerは、インドール合成の他にも、カルボン酸と過剰量のアルコールを酸触媒で反応させてエステルを合成する方法を報告しており、Fischerのエステル化反応(または、フィシャー・スペイアエステル合成反応)として知られています。
なお、Fischerは、フェニルヒドラジンとグルコースなどの糖と反応によりオサゾンが得られることも発見しており、糖研究にも寄与しています。
3.Fischerのインドール合成の利用例
Fischerのインドール合成を用いた報告をいくつかご紹介いたします。
(1)医薬品
① インドメタシン
インドメタシンは、変形性関節症、腱・腱鞘炎、筋肉痛等々の鎮痛・消炎に用いられる医薬品で、シクロオキシゲナーゼを阻害することによって抗炎症作用を示すとされています。
インドメタシンのインドール骨格を作るのに、Fischerのインドール合成が用いられています。
② スマトリプタン
スマトリプタンは、5-HT 1B/1D 受容体に選択的な作動作用を有する片頭痛、群発頭痛を効能効果とする薬です。セロトニンを基本骨格とした化合物の研究から生まれたとされています。
この化合物にもFischerのインドール合成が用いられており、ヒドラジンをアセタールと反応させています。
この他のトリプタン系の化合物も同様な方法で合成されています。
(2)天然物
① ストリキニーネ
ストリキニーネは、ジウツギ科マチンの果実の種子より単離されたインドールアルカロイドの一種です。
ヒトに対する致死量は 1mg/kg(青酸カリの5倍)で、摂取すると、呼吸麻痺により死に至ります。
脊髄における反射経路のシナプス後抑制機構を選択的に遮断します。古くからマチンの種子をすり潰したものを、狩りに用いる矢毒として使用されていました。
種々の合成方法が報告されていますが、インドール骨格の合成にFischerのインドール合成法が使用されています。
② ルテカルピン
ルテカルピンは、ミカン科ゴシュユ化に含まれるインドロキナゾリンアルカロイドで、鎮痛作用、抗酸化作用などがあるとされています。
③ エリプチシン
エリプチシンは、キョウチクトウ科および関連する種に見出されているアルカロイドです。
抗がん活性を有するものの、溶血や心臓血管障害などの副作用が生じたとされています。
④ Eudistomdin A
Eudistomdin Aは、カリブ海などのホヤから単離された抗ウィルス作用を持つ一連の化合物としての報告があります。
この他多数のインドール骨格を有する天然物が知られており、Fischerのインドール合成によって化学合成されている報告がされています。
4.インドール骨格を有する医薬品
上記のインドメタシン、スマトリプタン以外の医薬品を拾ってみました。
《ラモセトロン》
下痢型過敏性腸症候群
《エトドラク》
消炎・鎮痛
《ピンドロール》
本態性高血圧症
《オシメルチニブ》
再発非小細胞肺癌
《インダパミド》
本態性高血圧症
《パノビノスタット》
多発性骨髄腫
《フルバスタチンナトリウム》
高コレステロール血症
《メラトニン》
入眠困難の改善
《オキシペルチン》
統合失調症治療剤
5.Fischerのインドール合成に関する特許・文献を調べてみる
(1)特許検索
日本特許庁の「J-PlatPat」を用いて、Fischerのインドール合成を検索してみました。(調査日:2021.3.31)
簡易的なキーワード検索のみですが、以下の件数がヒットしました。
- 全文: [Fischer/TX]*[インドール合成/TX] ⇒ 401件
- 全文: [Fischer,5N,インドール合成/TX] ⇒ 350件
- 全文: [インドール合成/TX] *A61K/FI ⇒ 448件
- 請求範囲: [Fischer/CL]*[インドール合成/CL] ⇒ 9件
- 請求範囲: [Fischer,5N,インドール合成/CL] ⇒ 20件
- 請求範囲: [インドール合成/CL]*A61K/FI ⇒ 5件
これらの中には、発明の名称が「スマトリプタン及び関連化合物の製造方法」「高純度置換ベンゾ[e]インドールおよびそのアルカリ塩の製造方法」「置換された3H-インドール、その製法、該化合物を含有する心臓及び循環系疾患の治療剤、中間体並びにその製法」等となっている特許がありました。
(2)文献検索
続いて、JSTの文献データベース「J-STAGE」を用いて、Fischerのインドール合成を検索してみました。(調査日:2021.3.31)
- 全文: Fischer and インドール合成 ⇒ 1件
- 全文: Fischer and インドール ⇒ 15件
- 抄録: インドール合成 ⇒ 7件
ざっと内容を見てみると、「インドールおよびインドール誘導体の研究(第1報)アセチレンとアニリンによるインドールの生成について(その1)」「Fischer・インドール閉環反応とその関連化合物の研究(第13報)」といったタイトルの文献が見受けられました。
特許や文献の内容に興味がある方は、ぜひご自身で検索して確認してみてください。
以上、今回はフィッシャーのインドール合成についてご紹介しました。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 S・T)