3分でわかる技術の超キホン Diels-Alder反応と天然物化学

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Diels-Alder反応と天然物化学

以前のコラムで、Diels-Alder反応を用いた医薬品についてご紹介いたしましたが、医薬品以外にも多くの天然物の合成研究においてDiels-Alder反応が利用されています。

今回は、Diels-Alder反応のタイプ別にいくつかの天然物の合成例をご紹介いたします。

ちなみに、Diels-Alder反応の反応の開発における業績により、Otto DielsとKurt Alderは1950年にノーベル化学賞を受賞しています。

Diels-Alder反応の種類

Diels-Alder反応は、いくつかのタイプに分けることができます。

1. 分子間Diels-Alder反応

Diels-Alder反応は共役ジエンとアルケンからシクロヘキセン誘導体を与える反応です。
この場合のアルケンを”ジエノフィル”(親ジエノ体)といいます。
ジエンとジエノフィルの2分子間によるものが一般的なDiels-Alder反応です。

なお、ジエンまたはジエノフィルのいずれかもしくは両方が安定な場合には、熱的に逆反応が起こりますが、これを”retro Diels-Alder反応”といいます。
また、光学活性な化合物を得られる場合は”不斉Diels-Alder反応”といいます。
 

2. 分子内Diels-Alder反応

1分子の化合物内でのDiels-Alder反応です。
分子内Diels-Alder反応は、1工程にて多環性化合物を与えます。
2分子間Diels-Alder反応に比べて、エントロピー的に有利でありことから、より穏和な条件で反応が進行し、retro Diels-Alder反応がほとんど観察されないなどの特徴があります。
 

3. ヘテロDiels-Alder反応

ヘテロ原子(窒素、酸素など)を環内に含む場合は、”ヘテロDiels-Alder反応”といいます。
より複雑なヘテロ環化合物を得ることができるようになります。

以上のDiels-Alder反応の具体的な例をご紹介いたします。
 

1. 分子間Diels-Alder反応の利用例

(1)ジベレリンA3の合成

ジベレリンは、Gibberella fujikuroi の代謝生産物であり、稲を伸長させる作用がある植物ホルモンです。
ジベレリンの合成研究において、Diels-Alder反応が利用されています。
ジエノフィル(1)とtrans-2,4-pentadiene-1-olとのDiels-Alder反応は、ベンゼン中還流でスムーズに反応が進行し、付加体(2)が91%の収率で結晶として得られます。
Diels-Alder反応の位置特異性は、メトキシ基の電子供与性に依存しています。
また、ジベレリンA3のAB環の合成に、分子内Diels-Alder反応が活かされています(3)→(4)。

ジベレリン1
ジベレリン2
ジベレリンA3
[出典: 有機合成化学 第37巻 第9号p.771 (1979) 「天然物の全合成-最近の進歩」]  

(2)カタランチン

カタランチンは、薬用植物Catharanthus roseusによって生成されるテルペンインドールアルカロイドです。
ジヒドロピリジンのDiels−Alder反応を用いたビシクロ骨格を有する化合物を経由して、カタランチンが全合成されています。
カタランチン
[出典: ファルマシア vol.41 No.4 p.306 (2005) 「天然物の全合成と反応開発 インドールアルカロイド・カタランチンの合成」]
 

(3)サイトカラシン類の全合成

細胞運動阻害や多核細胞形成などの細胞毒性を有する菌代謝産物です。
perhydroisoindole骨格を持つことが特徴です。
骨格

このperhydroisoindole骨格合成にDiels-Alder反応が用いられています。
2分子間のDiels-Alder反応と分子内Diels-Alder反応が検討されています。

  • 分子間のDiels-Alder反応
  • 分子間のDiels-Alder反応

  • 分子内Diels-Alder反応

分子内Diels-Alder反応
 

(4)ジデヒドロステモフォリン

ジデヒドロステモフォリンは、ビャクブ科の植物に含まれるステモナアルカロイドの1 種であり、ニコチン受容体拮抗作用に基づく強力な殺虫活性を有する化合物です。
ジデヒドロステモフォリンは、ピロリジジン骨格を含む6 環性のかご型構造部という複雑な構造を持っています。

ピロリジジン骨格

ジデヒドロステモフォリン
 

2. 分子内Diels-Alder反応の利用例

上の例ですでに分子内のDiels-Alder反応の例が出ておりますが、一例を追加いたします。

(5)セクリニン(securinine)の全合成

セクリニンは、植物由来のアルカロイドであり、GABAA受容体拮抗薬でもあります。
トリエン体(1)の分子内Diels-Alder反応を行い、exo選択的に環化が進行した結果の生成物であるシス縮環体(2)を優先的に得られている報告があります。
セクリニン
[出典:有機合成化学協会誌Vol.60 No.7 p.679 (2002) 「分子内Diels-Alder反応を利用した最近の天然有機化合物の全合成」] (※この文献には多くの分子内Diels-Alder反応が紹介されています。)
 

3. ヘテロDiels-Alder反応の利用例

(6)シトスポロリドAの全合成

Cytospora sp.培養液から単離された抗菌活性を有する天然物です。
シトスポロリドAは、フスコアトロールA(1)とo-キノンメチド中間体(2)とのヘテロDiels-Alder反応によって生合成されていると考えられており、全合成が行われました。

シトスポロリド
[出典: 天然有機化合物討論会講演要旨集2015年 57 巻、P-04 「ヘテロDiels-Alder反応を用いたシトスポロリドAの全合成」]
 

(7)ワインソニンの合成

初め糸状菌の二次代謝産物として得られ、後にマメ科植物からも単離されたトリヒドロキシインドリチジンアルカロイドです。
本化合物はα-マンノシダーゼの特異的阻害作用、免疫調節作用などの薬理活性を示すとされています。
この物質の骨格合成には、分子内ヘテロDiels-Alder反応が用いられています。
スワインソニン

同様な反応を用いて、いくつかの天然物が合成されています。
[出典:天然有機化合物討論会講演要旨集1994年 36 巻 P-20 「アシルニトロソ化合物の分子内ヘテロDiels-Alder反応を活用するアルカロイドのキラル合成(ポスター発表の部)」]
 
この他にも多くのDiels-Alder反応を用いた例を見ることができますが、いずれの場合も標的とする化合物の重要な骨格合成に用いられています。
 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 S・T)
 

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