3分でわかる技術の超キホン 放射光とは?発生原理や装置・施設、用途などを解説

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放射光

1.「放射光」とは?

(1)聞きなれない言葉「放射光」って何?

「放射光」-日常生活では聞きなれない言葉です。
「放射」も「光」もよく知っている、「光放射」だったら聞いたことがある、でも「放射光」って何?という人は多いのではないでしょうか?

「放射光」とは「放射される光」ということですが、主語がありませんね。
「何から」放射される光なのかが、実は大事なのです。それは「電子や陽子(荷電粒子)」です。
つまり、「放射光」とは、「荷電粒子から放射される光」のことなのです。

 

(2)「放射光」発生の原理

電子や陽子は、物質を形作る粒子で、原子の中で陽子は原子核を形づくり、電子は原子核の周囲を回っている、ということはご存知でしょう。

電子や陽子などの荷電粒子が軌道を変えるとき、すなわち粒子の運動の方向や速度が変わるとき、光子が放射されます。これが「放射光」です。

ここまでの説明であれば、「なあんだ」と思う方もいるかもしれません。
日常でも起こりそうな現象のようにも思われます。
しかし、実はこれらの荷電粒子は、ものすごい速度(光速の99%以上)に加速されており、その軌道が磁場によって曲げられるときに光が放射される「シンクロン放射」という現象によって発生する光を「放射光」と呼ぶのです。

 

シンクロン放射
【図1 シンクロン放射】

 

「シンクロン放射」によって発生する光は、非常に大きなエネルギーを持っており、「放射光」は人類が作りうる「地上最強の光」と言われることもあります。

 

2.「放射光」はどこで作られるのか?

(1)「放射光」を作る装置:粒子加速器

では、「放射光」はどこで作っているのでしょうか?
そのヒントは前の章の「粒子がものすごい速度に加速される」というところにあります。
粒子を光速に近い速度まで加速することができる装置とは、すなわち「粒子加速器」のことです。

粒子加速器は、1920年代頃から物理学者が原子の構造や素粒子の性質を調べるためのツールとして開発を始めました。そして1931年に、磁場によって荷電粒子を円形に曲げてリング内をぐるぐる回転させることで加速する装置「サイクロトロン」が米国の物理学者E.O.ローレンスによって考案されました。その後、さらにエネルギーを高めた「シンクロトロン」が開発され、粒子加速器は大型化されていきました。

粒子加速器は、電子や陽子、イオンなどの荷電粒子を光速近くまで加速し、互いに衝突させることによって、巨大なエネルギーを発生させるためのものです。

衝突によって発生したエネルギーの場からは、さまざまな素粒子が生成されます。
その様は、宇宙の始まりであるビッグバン直後の状態に近く、そこで起こる現象を観測することで宇宙の原初の姿や物質の根源について知ることができるのです。

現在、世界最大の粒子加速器は欧州原子核研究機構(CERN)の「LHC」(Large Hadron Collider, 大型ハドロン衝突型加速器)です。
スイスとフランスの国境にまたがる全周26.7kmという長大なリングを持ち、13兆電子ボルト(13TeV)もの衝突エネルギーを発生させることにより、物質の究極の姿を探求しています。
2013年のノーベル物理学賞を受賞した「ヒッグス粒子発見」も、LHCの成果の一つでした。

 

(2)やっかいものの副産物を活用する

「放射光」は、粒子加速器のいわば「副産物」として生まれてくるものです。
放射光によって荷電粒子からはエネルギーが失われるため、加速器による粒子衝突実験にとっては、放射光は「やっかいもの」ともいえます。
(日本も誘致を検討している次世代粒子加速器ILC(国際リニアコライダー)は、放射光によるエネルギー損失が起きない線形加速器です)

しかし、1980年代ころから「やっかいもの」の放射光を積極的に活用しよう、という動きが起こりました。
そして放射光の利用を目的とした粒子加速器が造られるようになりました。これらを「大型放射光施設」といいます。「大型放射光施設」は、衝突実験装置を持たない粒子加速器といえます。
現在、「放射光」は「大型放射光施設」によって作られているのです。

 

3.大型放射光施設の例

(1)SPring-8

日本国内の代表的な大型放射光施設が、兵庫県の播磨科学公園都市にある「SPring-8」です。
SPring-8は、1991年から建設が開始され、1997年から運用を開始しています。理化学研究所によって運営されています。

SPring-8は、全長140mの線形加速器、周長約400mのシンクロトロン、周長約1.4kmの蓄積リングによって、電子を80億電子ボルト(8GeV)にまで加速、発生した放射光を62本のビームラインによって取り出すことができます。

[※SPring-8のWEBサイト:http://www.spring8.or.jp/ja/

 

(2)世界の大型放射光施設

世界に目を向けてみると、電子ビームを50億電子ボルト(5GeV)以上に加速できる大型放射光施設は、3ヶ所にあります。その一つが日本のSPring-8で、他には米国のAPSと、欧州のESRFがあります。

APSはアメリカ合衆国イリノイ州アルゴンヌにあり、蓄積リングの全周は約1.1km、最大7GeVまで電子を加速できます。米エネルギー省が運営しています。

ESRFはフランスのグルノーブルにあり、蓄積リングは約0.8km、6GeVまでの加速が可能です。欧州18ヶ国が共同で運営しています。

 

4.「放射光」で何ができる?放射光の用途

「放射光」が、「粒子加速器によって加速された電子が磁場で曲げられることで発生する非常に強力な光」であるということはお判りいただけたと思います。では、その強力な光は何に使われているのでしょうか?

光(電磁波)には、さまざまな波長があります。
波長の長いものは電波と呼ばれ、電波の中で最も波長が短い1mm~1mのものを「マイクロ波」と呼びます。波長が1μmあたりは「赤外線」、380~780nm(ナノメートル)は「可視光線」、そこから「紫外線」、「X線」、「ガンマ線」になります。紫外線とX線の境の波長は10nm、X線とガンマ線の境は1pm(ピコメートル)です。

一般的に波長が短いほどエネルギーは高くなります。
現在医療用や工業用に使われているX線より波長が短いX線を「硬X線」といいますが、SPring-8が作り出す硬X線は、一般的なX線の10億倍もの強さ(輝度)になるのです。

このような高輝度の光を用いることによって、さまざまな分析を行うことができます
SPring-8では放射光を62本のビームラインから取り出すことができますが、各ビームラインには各種分析装置が取り付けられ、通常の研究室にある分析装置ではできないような物理・化学分析が行われています。

 

「放射光」を用いた分析

「放射光」を用いた分析は、生命科学、物質科学、化学、環境科学、医学、産業などの様々な分野で利用されています。

SPring-8による分析が世間に知られるようになったのは、1998年に発生した「和歌山毒物カレー事件」でした。容疑者宅で押収されたヒ素と、カレー鍋から検出されたヒ素が同じものであることを検証するために用いられたのが、放射光X線分析でした。

化学物質は、同じ化学式で表されるものであっても、構造や状態が異なるものがあります。また、温度や電界などの環境のもとで、時間の経過により構造や性質が刻々変化するものがあります。このような物質の詳細な分析に、放射光が力を発揮するのです。

LHCなどの超大型粒子加速器は、科学の最前線の地平を拓いているとするならば、SPring-8などの大型放射光施設は、私たちの身近な生活に関わる科学や技術に貢献しています。

たとえば、タンパク質の3次元的な分子構造を解析することによって、従来よりも効果があり副作用が少ない新しい薬を開発することに役立っています。また、リチウムイオン電池の新材料やパワー半導体の素材の評価など、産業技術分野にも応用が広がっています。

このように、「放射光」は私たちの生活をより豊かにしてくれる、まさに未来を「明るく照らす」希望の光といえるかもしれません。

 

(アイアール技術者教育研究所 NKM)
 

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