3分でわかる 遷移金属の性質 (酸化数・色・触媒作用・磁性)

遷移金属に関する前回の記事「3分でわかる 遷移金属の基礎知識」では、遷移金属の分類や電子配置の特徴、主な性質について解説しました。
今回は、電子配置が複数の酸化数、錯体の色、触媒作用、磁性といった性質にどのように結びつくのかを、より詳しく解説します。
目次
1.遷移金属の電子配置と性質の関係
前回の記事で解説したように、遷移金属では、最外殻のs軌道と一つ内側のd軌道のエネルギーが近く、特徴的な電子配置を示します。
また、d電子も結合や電子の授受に関与します。このような電子配置の特徴が、複数の酸化数、錯体の色、触媒作用、磁性といった遷移金属特有の性質につながっています。

【図1 遷移元素の外殻電子配置】
これに影響する主な要因は、次の二つです。
- ① 軌道のエネルギー
- ② 電子間の反発や遮蔽効果
3d遷移元素では、一般に次のような順序で電子が配置されます。
1s → 2s → 2p → 3s → 3p → 4s → 3d → 4p
この順序を見ると、3d軌道よりも外側にある4s軌道に電子が先に入ることがわかります。
3d軌道と4s軌道のエネルギー差は小さく、その大小関係は、原子番号や電子数によって変化します。電子配置は、各軌道のエネルギーだけでなく、電子間の反発や遮蔽効果などを含めた原子全体のエネルギーによって決まります。そのため、第4周期の遷移金属では、3d軌道に空きがあっても、4s軌道に先に電子が入る場合があります。

【図2 電子間反発のイメージ図】
のような複雑な電子配置が、遷移金属の多様な性質を生み出しています。
2.遷移金属と酸化数
遷移金属の原子では、一般にd軌道よりも外側のs軌道に先に電子が入ります。一方、イオン化するときには、外側に広がっているs軌道の電子から先に失われる傾向があります。
そのため、多くの遷移金属では、2個のs電子を失った+2の酸化状態がよく見られます。ただし、安定な酸化数は元素によって異なり、+2以外の酸化状態をとる場合もあります。
例えば、第10族の3d金属であるNi(ニッケル)の中性原子の電子配置は3d⁸4s²で、Ni²⁺になると電子配置は3d⁸となります。
表1に、3dブロック元素の電子配置と、化合物中で見られる主な酸化数を示します。
【表1 3dブロック元素の電子配置と酸化数】
また、4s電子だけでなく3d電子も結合や電子の授受に関与できるため、遷移金属は複数の酸化数をとることができます。例えば、Mn(マンガン)の中性原子の電子配置は3d⁵4s²で、+2、+3、+4、+7など、複数の酸化数をとります。
《V⁺の電子配置》
では、1価の陽イオンの電子配置はどうなるのでしょうか。
3dブロックの第5族金属であるV(バナジウム)を見てみましょう。
中性原子の基底状態における電子配置は、3d³4s²です。ここから電子を一つ取り除いたV⁺の基底状態における電子配置は、3d³4s¹ではなく、3d⁴となります。つまり、4s電子の一つが失われ、残った4s電子が3d軌道に移った配置の方が、原子全体として安定になります(図3)。

【図3 V原子と1価陽イオンの電子配置】
このように、遷移金属ではd軌道とs軌道のエネルギーが近いため、電子数が変化すると、最も安定な電子配置も変わる場合があります。
3.遷移金属の錯体が色を示す理由
遷移金属は、さまざまな配位子と結合し、同じ元素でも多様な配位化合物、すなわち錯体を形成します。
遷移金属の錯体には、特徴的な色を示すものが多くあります。その原因の一つが、電子配置と配位子との相互作用です。
(1)d軌道の分裂
孤立した原子やイオンでは、五つのd軌道は同じエネルギーを持っています。しかし、配位子が結合して錯体を形成すると、d軌道と配位子との位置関係によって、相互作用の強さに違いが生じます。その結果、五つのd軌道は、エネルギーの高いグループと低いグループに分かれます。
(2)d-d遷移
分裂したd軌道間のエネルギー差が可視光のエネルギーに相当する場合、低いエネルギーの軌道にある電子が光を吸収し、高いエネルギーの軌道へ移ります。この電子の移動を「d-d遷移」といいます。
(3)補色による発色
錯体が特定の波長の光を吸収すると、吸収されなかった光が人の目に届きます。そのため、錯体は吸収した光の補色に相当する色に見えます。
例えば、[Co(NH₃)₆]³⁺は青色から紫色の領域の光などを吸収するため、黄橙色に見えます。
(4)配位子や構造による色の変化
同じ遷移金属であっても、配位子の種類や錯体の立体構造が変わると、d軌道の分裂幅も変化します。例えば、正四面体型か正八面体型かによって、d軌道の分裂の仕方が異なります。
そのため、同じ遷移金属を含む錯体でも、配位子や立体構造によって異なる色を示します。
4.遷移金属が触媒として働く理由
遷移金属やその化合物は、工業プロセスにおいて触媒として広く利用されています。
遷移金属が優れた触媒作用を示す背景にも、その電子構造があります。
- 空いている軌道を利用した吸着・配位:
遷移金属には、電子を受け入れたり供与したりできる軌道があります。反応物は、孤立電子対を遷移金属の軌道に供与して配位したり、金属表面と相互作用して吸着したりします。これにより、反応物が遷移金属や金属表面に一時的に固定され、反応が進みやすい状態になります。 - 多様な酸化数と電子の受け渡し:
遷移金属は、+2、+3、+4など、複数の酸化状態をとることができます。そのため、反応の途中で電子を一時的に受け取ったり、逆に反応物へ与えたりすることができます。このように酸化状態を変化させながら電子の受け渡しを行うことで、酸化還元反応などを促進します。 - 反応中間体の形成:
遷移金属は、反応物と一時的に結合し、さまざまな反応中間体を形成できます。特に有機金属錯体を用いる触媒反応では、安定な18電子則を満たす錯体だけでなく、16電子などの配位不飽和な状態も反応中間体として形成されます。こうした中間体では、反応物の配位や脱離が起こりやすくなります。
[※関連記事:有機金属錯体とは?基本理論・触媒反応・産業応用をわかりやすく解説]
5.遷移金属と磁性
遷移金属の磁気的な性質は、主にd軌道に存在する不対電子と関係しています。
(1)不対電子とスピン
電子はスピンと呼ばれる性質を持ち、一つひとつが小さな磁石のように振る舞います。
一つの軌道に二つの電子が入ると、それぞれの磁気的な性質は打ち消し合います。
一方、軌道に電子が一つだけ入った不対電子が存在すると、磁気的な性質が残ります。
(2)常磁性
d軌道に不対電子を持つ原子やイオン、錯体は、常磁性を示します。外部磁場がないときは、それぞれの磁気的な向きはばらばらですが、磁場をかけるとその方向にそろい、磁場に弱く引き寄せられます。
[※関連記事;3分でわかる 磁性体の基礎知識]
(3)強磁性
鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などの固体金属は、強磁性を示します。
これらの金属では、隣り合う原子同士の相互作用によって、電子のスピンが同じ方向にそろいやすくなります。このため大きな磁化を示し、条件によっては、外部磁場を取り除いた後も磁化が残ります。
[※関連記事:《強磁性3元素》鉄(Fe),コバルト(Co), ニッケル(Ni)の特徴を比較して整理!]
なお、ネオジム(Nd)やサマリウム(Sm)などの希土類元素では、内側の4f電子が磁性に大きく関与します。4f電子は、希土類イオンの大きな磁気モーメントや、磁化の向きを特定の方向に保とうとする結晶磁気異方性に関係しています。こうした性質は、ネオジム磁石やサマリウムコバルト磁石などの高性能永久磁石にも活用されています。
[※関連記事:3分でわかる 希土類金属(レアアース)と磁性|高性能な永久磁石の原理を解説]
(4)配位子による磁性の変化
錯体では、配位子との相互作用によってd軌道の分裂幅が変化し、d電子の入り方も変わります。
例えば、Co³⁺イオンはd⁶配置ですが、配位子との相互作用の強さによって不対電子の数が変わり、磁性の強さも変化します。
このように、同じ金属イオンであっても、配位子の種類や錯体の構造によって磁性が異なる場合があります。
6.まとめ
遷移金属では、d軌道と外側のs軌道のエネルギーが近く、電子配置が複雑に変化します。
また、d電子が結合や電子の授受に関与することで、複数の酸化数をとる、錯体が特徴的な色を示す、触媒として働く、不対電子によって磁性を示すといった多様な性質が生じます。
このように、遷移金属の多彩な性質を理解するうえでは、d軌道を中心とした電子配置と、その変化に注目することが重要です。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)


































