【溶解度パラメータとは?】物質間の「親和性の物差し」の有効性を事例で解説
目次
1.溶解度パラメータとは?
水とエタノールはよく混ざりますが水と油は混じりません。物質間の親和性(なじみ度合い)が多様であることを私たちは体感的に理解しています。この親和性という捉え方を広く物質全般にまで拡張してみることにしましょう。
その際に、物質Aと物質Bという二種の物質の親和性が事前に予測できる物差しがあれば良いと思いませんか?
その物差しで測定した数値が近ければ両者の親和性が大きく、数値に差があれば親和性が小さいと予測できる都合の良い物差しです。
この目的にかなうのが、今回紹介する「溶解度パラメータ」という科学的な物差しです。
2.溶解度パラメータの種類
溶解度パラメータ(Solubility Parameter=SP)にも歴史的経緯があり、溶解度パラメータとして知られているのは1種類ではありません。
ここでは代表的な3種類について述べます。これらは定義が異なっていますが、物質間の親和性を見積もるための物差しという目的は共通であり、個々の物質の溶解度パラメータ値(物差しで測定された長さ)はいずれでもδで表されます。1)
① ヒルデブラント法(SPと表記)
δ=(⊿E/V)1/2
⊿E:凝集エネルギー(蒸発エネルギー)
V :モル分子容
② フェドース法(SPと表記)
物質の分子構造から推算する手法
③ ハンセン法(HSPと表記)
δ=(δd2 + δp2 + δh2)1/2
δd:分散項
δp:極性項
δh:水素結合項
①のヒルデブラント法と②のフェドース法よる溶解度パラメータが1次元であるのに対して、③のハンセン法では3次元になっています。よってハンセン法では物質Aと物質Bの差を、図1に示すように、1次元に加えて3次元でも表現できます。これがハンセン法の特徴です。2)
【図1 ハンセン法による溶解度パラメータ(HSP)】[※引用 2)]
3.溶解度パラメータの有効性(基礎編)
溶解度パラメータが実際にどの程度有効な物差しなのかを、エタノールの仲間である脂肪族アルコール類と水との関係で具体例に検証してみましょう。表1をご覧ください。
【表1 水と脂肪族アルコールの溶解度パラメータおよびその差】
溶解度パラメータδの値は水が47.8であり、脂肪族アルコールの値は脂肪鎖が長くなると共に小さくなっていくことが分かります。両者の値の差をとると、エタノールの場合に21.4であり、脂肪鎖が長くなると水との差が開いていきます。このことから、脂肪鎖が長くなるにつれて水との親和性が低下する傾向にあるとの予測が成り立ちます。
予測に対して実際はどうなのでしょうか?
表1の右のカラムは脂肪族アルコール類の水への溶解度データです。脂肪鎖が長くなると水への溶解度が実際に急激に低下しています。溶解度パラメータの有効性を示す例と言えます。
4.溶解度パラメータの有効性(地球温暖化対策に関する事例)
溶解度パラメータは多くの分野で応用されています。
その適用事例集が、少し古くなりますが、2007年に発行されています。関心のある方はご確認ください。3)
ここでは地球温暖化対策に関連する最近の事例を2点紹介することにします。
(1)製鉄所排ガスからのCO2回収
日本の製鉄業界は製鉄所排ガスからのCO2回収法の開発に取り組んでおり、その中の有力な回収法として、アミン化合物を吸収剤として使用する化学吸収法があります。4)
CO2を含む製鉄所排ガスを吸収用溶液と接触させ、CO2を排ガスから選択的に取り出して回収するものです。
この分野ではCO2回収率の向上に加えて、回収に伴うエネルギー消費の抑制も重要な課題となります。
その消費エネルギーを抑制するには、図2に示すように、吸収用溶液がCO2回収前は均一で吸収後は二層に分離するという性質であるのが望ましいとされています。
【図2 消費エネルギーの抑制が可能な吸収用溶液】
神戸製鋼所は、①アミン化合物 ②有機溶剤 ③水 の3成分からなる吸収用混合液に関して、図2の性質を満足する上での、①アミン化合物と②有機溶剤との溶解度パラメータの差の影響について報告しています。5)
【表2 溶解度パラメータ値δ 単位:(cal/cm3)1/2 フェドース法】
アミン化合物も有機溶剤も多種の中からの選択が可能であり各々の溶解度パラメータは表2の値であるとしています。
興味深いのは、表3に示すように、①と②がどの組み合わせであっても吸収用混合液の性質が選択した化合物の溶解パラメータδの差で整理されることす。則ち、溶解度パラメータδの差が特定の範囲に入る組み合わせにすれば、混合溶液の性質を図2のように制御できるということです。
【表3 吸収用混合液の状態】
(2)バイオエタノール混合ガソリンのゴム膨潤性の予測
地球温暖化対策としてバイオエタノールがガソリンの成分として使用されています。
日本ではエンジントラブルが起きないようにエタノールとイソブチレンとの反応生成物の形でガソリンに混合していますが、米国ではエタノールを直接混合しています。エタノールを直接加えた際の影響、例えばゴムの膨潤にどんな影響があるかは、日本においても確認が必要です。また予測できることが望ましい課題でもあります。この課題について化学物質評価研究機構が溶解度パラメータを用いて検討しています。6)
図3は ニトリルゴムについて、ガソリンとゴムとの溶解度パラメータの差と、実際の膨潤率との関係を示したものです。
【図3 エタノール混合ガソリンによるゴムの膨潤性・溶解度パラメータの差と膨潤】
ヒルデブラント法(SP)よりもハンセン法(HSP,3次元)の方が膨潤をより正確に予測出来ていることが分かります。これは、ハンセン法(HSP,3次元)が、図4に示すように、ゴムと溶媒との溶解度パラメータの差を3次元で把握する能力を有するためだと説明されています。
【図4 ゴムと溶媒との溶解度パラメータ】[※引用 6)]
ということで今回は、溶解度パラメータの基礎知識と、「親和性の物差し」としての有効性について、事例を含めて解説しました。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《参考文献・引用》
1) 「溶解度パラメータ (Solubility Parameters、SP値) と実用例の紹介」(WEBサイト)
http://www5c.biglobe.ne.jp/~cassia/SP_value/SolubilityParameters.htm
2) pirika.com「初心者のためのHSP」(WEBサイト)
https://www.pirika.com/HSP/JP/Examples/Docs/4Beginner.html
3) 溶解性パラメーター適用事例集: メカニズムと溶解性の評価・計算例等を踏まえて,情報機構 (2007/3/31)
4) 新日鉄エンジニアリング技報, 3, 25(2012)
5) 特開2017-113672,特開2020-195998
6) 日本ゴム協会誌, 84(6), 182(2011):https://www.cerij.or.jp/service/05_polymer/Hildebrand_Hansen_01.pdf