「マイクロリアクター」ってなに? ダウンサイジングによるメリット等をやさしく解説

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フロー合成とマイクロリアクター2

フロー合成とマイクロリアクターに関する前回のコラム(フロー合成が基礎から分かる!」)では、フロー合成の前提知識を解説するとともに、製薬業界でフロー合成が注目される理由についてご紹介しました。
今回は後編として、マイクロリアクターの概要、ダウンサイジングによるメリット・デメリット等をご説明します。

1.マイクロリアクターとは?

マイクロリアクター」とは、内径100μm(ミクロン、千分の1mm)前後の極めて細い管に流体を流して、反応させるものです。
髪の毛の太さが80μmですから、その太さの内径を持つ管を使います。
化学工場では内径がm単位の管を用いて反応をさせますから、その1万分の一のオーダーです。

細管を使って実験することは、流体力学のレイノルズ数で知られるレイノルズの1883年の論文(Philos. Trans. R. Soc. Lond. B: Biol. Sci.,,174, 935, 1883)にさかのぼることができます。
そして100年後の1979年のBolletの特許(FR2407019、2液をマイクロリアクターで反応させる技術)や、1991年のSchmidとCaesarの特許(DE3926466A1、発熱反応をマイクロリアクターで制御しコストダウンを図る技術)が注目されるようになり、全世界で活発な研究開発が始まりました。

日本でも2006~2010年に国家プロジェクト(革新的マイクロ反応場利用部材技術開発プロジェクト)が投資金額27億円で実施され、4,400億円の市場が創出されました。
 

2.ダウンサイジングのメリット・デメリット

反応器を小さく(ダウンサイズ)することにより生ずるメリットは何でしょうか?

マイクロリアクターを使って反応させると、早く、安全に、正確な制御、安く、いいもの(純度の高いもの)がたくさんできる可能性があると言われています。そして、ものごとには、メリットがあればデメリットがあります。 

それでは、メリット、デメリットを見ていきましょう。
 

メリット① 「早く」

化学反応で原料から製品を作る工程、前回、有機反応の例であげたベンゼンと硫酸を反応させて、ベンゼンスルホン酸を作る反応をもう一度考えてみます。

この反応では、ベンゼン分子と硫酸分子が衝突して化学反応を起こす必要があります。
反応前にベンゼン分子と硫酸分子が衝突するには、お互いが直接触れ合う必要があります。
硫酸は水溶液なので、ベンゼン分子はまず、水分子とぶつかって、暫くすると硫酸分子が泳いできて、ラッキーであれば、ベンゼン分子とぶつかることができ、そして反応することができます。

硫酸分子が泳いでくることを「拡散」といいます。拡散の効果を高めるには攪拌してあげます。
例えば、ガラス棒で攪拌してもいいですし、撹拌機のプロペラを使ってもいいですし、加熱してもいいです。加熱すると対流が起きて、拡散しやすくなります。

攪拌しない場合でも、自然に混ざってきます。
例えば、オンザロックを作る場合、マドラーを使わなくても、ウイスキーと炭酸水は時間を置けば混ざっていくでしょう。
水の入ったコップに赤いインクを1滴たらして、それが混ざっていく現象を想像してみましょう。
混ざる時間tはコップの直径Rの二乗に比例し、物質の拡散のしやすさである拡散係数Dに反比例します(フィックの第2法則)。

ここで径10cm = 100,000μmのフラスコと径100μmのチューブ(マイクロリアクター)を比較すると、混ざる時間の比は、(100,000)2/(100)2 = 1,000,000ですので、細い管の方が百万倍混ざりやすいとなります。
もちろん10cm径のフラスコであれば、外から撹拌機で混ぜることができるわけですが、百万倍まで効率を上げることは難しいです。

比較すべきは、化学工場で使われている10cm直径の管と100μm直径のチューブ(マイクロリアクター)で、マイクロにすることにより百万倍も混ざりやすくなり、ベンゼンと硫酸がコンタクトする時間が百万分の1になり、結果としてそれだけ反応が早く起こり、反応が早く完結することになります。

ダウンサイジング

 

メリット② 「安全に、正確な制御」

化学反応では熱(反応熱)が発生することが往々にしてあります。
例えば、小学校の理科の時間でやった苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)水溶液と塩酸を反応させて食塩(塩化ナトリウム)を作る反応では、両者が濃い水溶液だと沸騰するくらい熱が発生します。ですから、小学校では薄い水溶液を使って実験したはずです。

実験室でフラスコで発熱反応を行う場合、フラスコを氷水に入れて冷やします。化学工場では、反応器の外側を水で冷やします。
熱は反応で発生しますから、原料の量によります。原料の量(体積)を2倍にすれば、2倍の熱がでます。

反応器を円筒と考えれば、その体積(容積)は、反応器直径をRとすると (π(R/2)2*高さ) ですが、高さもほぼRと同じ程度の大きさですから、体積はR3に比例し、発生する熱量は体積に比例しますので、R3に比例します。

冷やす効率は、反応器を氷水に漬けて冷やすので、円筒の表面積に比例します。表面積は底面がπ(R/2)2、側面が(πR*高さ)ですので、R2に比例します。

発熱はR3に比例し、除熱はR2に比例しますので、Rを大きくしていくと、すなわち、反応器の大きさを大きくしていくと、除熱が追いつかなくなり、反応が暴走して危険なことになります

発熱反応の場合、実験室の直径10cmのフラスコから、化学工場の1m3の反応器に規模を大きくしていく場合(スケールアップという)、除熱がうまくいくように工夫しないといけません。

例えば、氷水で冷やすかわりに、-50℃の不凍液を使う、また、反応器の内側にも冷却パイプ(コイル)を入れる方法があります。

マイクロリアクターの場合は逆になります。直径10cmのフラスコから、100μmの細いチューブへのダウンサイジングですから、除熱の効率はR2/R3 = 1/Rに比例しますので、Rが千分の1になれば、効率は千倍になり、冷やすのがとても楽になり、反応も暴走せず、より安全になります。

直径10cmのフラスコでも発熱がある場合、ある一定温度に保って反応(等温反応)させようとしても、どうしても温度がふらついてしまいます。
例えば、反応温度を50℃一定にしようと思っても、発熱で52℃に上がり、あわてて氷水で冷やして、冷やしすぎで-49℃になって、氷水からフラスコを出すと、51℃になってと、なかなか一定になってくれません。

マイクロリアクターであれば、ビオ数で表現できる熱制御は千倍の効率でできるので、50℃に反応温度を保つことは容易です。
そもそもマイクロリアクターを使えば物質の取扱い量も段違いに減り、より危険が低減されます。
となると、普通の実験室では危なくてできないような反応でもマイクロリアクターを使えば実施が可能になります。

10μLといったマイクロ空間で物質を扱えば、原理的に爆発しないと言われており、これは管径を100μのマイクロリアクター1cm分の長さであり、原理的にもマイクロリアクターは非常に安全と言えます。

以上、マイクロリアクターを使えば、管径が細くなるので、反応が早く進み、反応器の表面積/体積の割合が大きくなるので、熱制御が容易になることがわかりました。

ダウンサイジング2

 

デメリット①「詰り」

ものごとには、メリットがあればデメリットがあります。
管径が細くなったがゆえに、原料にゴミが入ってくると詰りの原因になります。

マイクロリアクターは基本フロータイプですので、詰りは天敵です。
また、固体が生成したり、副生する反応だと、固体が詰り原因になります。
対策として厳重な異物の管理(例えばクリーンルームでの製造)、運転中の圧力チェック等が必要になってきます。
 

デメリット②「少ない生産量、生産量拡大のための場所」

100μLの管径を通して反応をさせますから、その生産量はかなりかなり小さいです。
反応管の長さが10mとして10秒で反応が完結するとしても、700cc/日しか生産できません。

実際、独BASF社のO. Woerz (Chem. Eng. Tech., 24, 138, 2001)は、マイクロリアクターを使って、ビタミン前駆体合成のための加水分解反応で800g/日の生産量を報告しています。年換算(330日/年)で264kg/年です。これは薬向けの前駆体としても少なすぎます。年間最低1トン、できれば100トンは欲しいです。

対策は、このマイクロリアクターを10台使うことです。
そうすれば、年間2.6トン生産できます。100台使えば26トン、1,000台使えば264トン生産できます。
このように台数を増やして生産量を増やすことを「ナンバリングアップ」といいます。

マイクロリアクターは小さいから、100台積んでもそれほどの大きさにはなりません、と言いたいところです。
実はマイクロリアクターの部分はその通りなのですが、他の部分例えば、ポンプはマイクロ化できませんので、普通の大きさのポンプを使わざるを得ず、そうなると結構な場所を取ります。
 

3.スケールアップとナンバリングアップ

従来の化学工場では、実験室で10cc程度のフラスコで反応条件を探索して、それを1リットル、さらには100リットルの反応器で実験室と同じように反応が進むことを確認して(「パイロット装置」と呼びます)、最後に化学工場で1m3や100m3の反応器で製造します。

マイクロリアクターのダウンサイジングの項目で、伝熱効率が管径Rに反比例するので、Rが小さくなるマイクロリアクターでは熱制御が容易と説明しましたが、スケールアップでは、Rが次々大きくなり、熱制御が難しくなります。100ccのコップに入った熱水を冷やすのは簡単ですが、1リットルの鍋に入った熱水を冷やすには時間がかかります。

このようにスケールアップは化学工業では大仕事で、失敗すると装置をスクラップしなければならないこともあります。

それに比べて、ナンバリングアップはなんの技術も要りません。同じものを5台、10台、100台、1,000台と作ればいいだけですから、工場の製造担当者は、製造量アップになんら心配することはないのです。
 

4.マイクロリアクターの作り方

マイクロリアクターは100μmの細管ですが、その管の材質としてポピュラーのものはステンレスです。
ステンレスには耐腐食性はありますが、さらに耐腐食性を求めるならハステロイインコネル等が使われます。ガラスや石英もこの程度の細さになると曲げることができ十分使えます。

さらに、ガラス板、金属板、シリコンウエハーにエッチングで溝を刻んで、それを流路と使えば、マイクロリアクターになります。
 

5.フロー合成+マイクロリアクターでの医薬品製造が標準に?

製薬業界では、バッチ式で薬を作るのがデファクトでした。それが、工夫すれば、フロー合成も可能であることが実証されてきました。

フローになれば、マイクロリアクターも使うことができます。従って、製薬業界でもマイクロリアクターでの製造がデファクトとなる日が近いうちにくるかもしれません。

 

(アイアール技術者教育研究所 S・U)
 


《参考文献・サイト》


 

 

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