化学

クリックケミストリーって何?代表的な反応や適用事例などを解説

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クリックケミストリー

1.概念「Click Chemistry(クリックケミストリー)」

有機化学における新規概念の創製に関する論文は、2001年に化学雑誌「Angew. Chem. Int. Ed.」1)で発表されました。その概念とは、スクリプス研究所のバリー・シャープレス教授らによって提唱された「Click Chemistry(クリックケミストリー)」です。

同論文のトップページには、単純な環状オレフィンから複雑な多官能性分子(約20g)の構築に至るスキームが示されており、各反応はいずれも高収率で、結晶化により単離精製したことを認知させる白色結晶の写真が掲載されています。そこに記載されている反応は全てクリックケミストリーです。

 

2.クリックケミストリーとは

クリックケミストリー」とは、あたかもシートベルトのバックルがカチッと音(click)を立ててロックされるように、二つの分子の特定官能基が簡便な手法によって、確実に新たな結合を形成する反応を称した言葉です。

その特徴として、反応の化学選択性が高く熱力学的に有利な発熱反応であり、水溶液中で進行する反応が多く、そして目的化合物への転化率が高いことが挙げられます。

 

クリックケミストリーの反応の分類

クリックケミストリーに帰属される反応は、その反応機構の特徴から次のように分類されています。

  1. 不飽和結合(アルケン及びアルキン等)と1,3-双極子(アジド等)の環状付加反応、及びDiels-Alder反応
  2. 1,3-双極子付加([3+2]環状付加):上段/Diels-Alder反応([2+4]環状付加):下段
    [1,3-双極子付加([3+2]環状付加):上段/Diels-Alder反応([2+4]環状付加):下段]

  3. 炭素-炭素多重結合の酸化的付加反応(エポキシ化及びアジリジン化等)、及びMichael付加反応
  4. 高歪み環状化合物(エポキシド,アジリジン,アジリジニウム,及びエピスルホニウム等)への求核付加反応
  5. オレフィンの酸化的付加:上段/三員環化合物への求核付加:中段/Michael付加反応:下段
    [オレフィンの酸化的付加:上段/三員環化合物への求核付加:中段/Michael付加反応:下段]

  6. カルボニル化合物から尿素,チオ尿素,オキシムエーテル,ヒドラゾン,アミド,及び芳香族ヘテロ環の形成
  7. カルボニルとアミンの付加反応:上段/カルボニルの芳香族ヘテロ環形成:下段
    [カルボニルとアミンの付加反応:上段/カルボニルの芳香族ヘテロ環形成:下段]

 

クリックケミストリーの代表例 (1,2,3-トリアゾールの合成反応)

クリックケミストリーを代表する反応は、シャープレス教授らが2001年に開発した銅触媒存在下でのアルキンとアジド化合物の環状付加による1,2,3-トリアゾールの合成反応です。

従前、炭素-炭素三重結合がアジドと熱的な付加環化反応により、1,2,3-トリアゾール誘導体を形成することは「Huisgen反応」として知られていましたので、シャープレス教授らはその反応を改良し、実用性及び多様性を付与したことになります。

実際に、創薬研究における生理活性物質の探索や機能性材料・ポリマーの創出から、クロマトグラフィーのセレクターの固定化技術まで、この反応に基づいた成果の報告は多岐にわたっています。
 

アルキン(アセチレン)とアジドの環状付加反応.Huisgen反応:上段/銅触媒反応:下段
【図1 アルキン(アセチレン)とアジドの環状付加反応.Huisgen反応:上段/銅触媒反応:下段】

 
シャープレス教授は自身の論文の中で、クリックケミストリーはモジュラー型で適用範囲が広く、高収率であって(クロマトグラフィーによる精製などを必要としない程度の副生成物であれば許容)、立体特異的でなければならない(必ずしもエナンチオ選択的である必要はない)としています。

また、その工程は、容易に入手可能で共存酸素や水分などの影響を受けない試薬などを出発物質として、無溶媒か水溶液中でのシンプルな反応条件が要求され、目的化合物の単離精製が容易であり、大規模製造でも機能するものでなければならないと述べています。

このことは、クリックケミストリーが単純な結合形成反応として有機化学分野に留まらず、広範な適用分野で利用され、科学全体に機能する有益なツールになることを目指していたからに他なりません。

 

3.ケミカルバイオロジー・ケミカルゲノミクスへの適用

(1)生体適合型Huisgen反応の開発

生体内にあるタンパク質の機能制御や解析のツールとして有機低分子を利用する学問領域は、「ケミカルバイオロジー」或いは「ケミカルゲノミクス」と呼ばれ、2000年頃から脚光を浴びていました。この領域とクリックケミストリーを融合した先駆者がスタンフォード大学のキャロライン・ベルトッツィ教授です。

このツールに求められる分子・反応特性は、①水の影響を受けないこと、②細胞内に豊富に存在するチオールやアミンからの求核攻撃に安定であること、③細胞質基質の還元環境などレドックスに耐性があること、④高温、高圧、及び高濃度といった反応条件でないこと、⑤機能が細胞酵素によって消化されないこと、そして、⑥細胞毒性を有さない反応であることです。

この条件をほぼ満たすクリックケミストリーとしてベルトッツィ教授が着目したのが、アルキンとアジド化合物の環状付加による1,2,3-トリアゾール形成反応でした。

しかしながら、Huisgen反応は高温でしか進行せず、銅触媒は細胞に対して毒性を有するといった問題がありました。

この問題を解決したのが、環状アルキンのシクロオクチンとアジドの付加環化反応です。
生成物1,2,3-トリアゾールの構造に近い環状アルキンを基質として、遷移状態のエネルギー準位を下げることで、銅触媒を必要とせず、マイルドな条件で進行する生体適合型のHuisgen反応の開発に至ったのです。
 

鎖状アルキンと環状アルキンの結合角度の相違に着目
【図2 鎖状アルキンと環状アルキンの結合角度の相違に着目 ※引用2)

 
 

(2)生細胞イメージング

ベルトッツィ教授らは、アジドで修飾した糖分子を生細胞に添加することで、代謝的に細胞内へ取り込ませ、細胞表面にアジド修飾-糖タンパク質を導入する手法を確立しました。

このアジドと蛍光色素が結合したシクロオクチン誘導体(プローブ)とがクリックケミストリーによって新たな結合を形成することで、生細胞内の特定タンパク質をラベル化し、その挙動を可視化する生細胞の動的イメージングが可能となりました。
 

「シクロオクチン」プローブとアジド修飾糖による生細胞表面のラベル化
【図3 「シクロオクチン」プローブとアジド修飾糖による生細胞表面のラベル化 ※引用2)

 

生細胞表面の糖鎖を「シクロオクチン」プローブで標識したタイムラプスイメージング
【図4 生細胞表面の糖鎖を「シクロオクチン」プローブで標識したタイムラプスイメージング ※引用3)

 

(3) 生体直交化学

生体直交化学について調べてみると、CASのサイトでは次のような説明が為されていいます。

「生体直交化学とは、生体分子への影響や生化学的プロセスへの干渉を最小限に抑えながら、生物学的環境で発生させる一連の反応のことを指します。 生体直交化学のプロセスは、生体内で発生するのに必要とされるものと同じ厳格な条件の下行われます。」4)

生体直交化学は、ベルトッツィ教授が自身の研究を通じて構築した新しい概念です。前述の実績に加えて、近年、細胞表面の新規生体分子「糖鎖RNA」の発見に繋がりました。
 

細胞表面の糖修飾生体分子
【図5 細胞表面の糖修飾生体分子 ※引用5)

 

4.ノーベル賞でも注目

2022年度のノーベル化学賞は、「クリックケミストリーと生体直交化学の開発」に対して授与されました。
シャープレス教授とベルトッツィ教授に加えて、銅触媒存在下でアジド・アルケン環状付加反応が効率的に進行することを独自に発見した、コペンハーゲン大学のモーテン・P・メルダル教授を含めた3名が受賞しています。

成熟しきった感のある有機化学において、生体直交化学は有機化学者を勇気づけるように思われます。

クリックケミストリーと同様に、生体直交型の新たな反応が開発され、生命現象解明など更にライフサイエンスに貢献することが期待されています。
 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 K・H)
 


《引用文献・参考文献》

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