3分でわかる MOF(金属有機構造体)の構造・機能と実用化例
「MOF」(“Metal Organic Frameworks“)と呼ばれる一群の材料があります。
MOFには別名が多数あります。
「金属有機構造体」「多孔性金属錯体」「PCP (Porous Coordination Polymer)」「多孔性配位高分子」とも呼ばれていますが、本稿ではMOFで統一します。
MOFは1990年代後半から研究が活発化した比較的新しい材料です。
1.MOFとは?
典型的なMOFの構造を図1に示します1)。
MOFは、金属イオンと有機配位子を溶液中で自己集積させることにより簡便に合成できます。
MOFは金属イオンと有機配位子によって形成される規則性の高い格子構造を有しています。
この格子間の間隔(細孔のサイズ)はnmのオーダーですので、MOFは無数のナノ空間を有する材料であることが分かります。
【図1 MOFの製法およびその構造 ※引用1)】
しかも、金属イオンおよび有機配位子は自由に選択できますので、多種多様なMOFの合成が可能です。
代表的な金属イオンとしてAl、Cu、Zn等のイオンが挙げられます。
一方、有機配位子としては図2に示すものがよく使用されます2)。
【図2 代表的な有機配位子 ※引用2)】
2.MOFにはどんな機能が期待できるのか?
MOFの機能については、上述のナノ空間が何に利用できるのかということに帰着します。
皆さんも想像できるかと思いますが、代表的な機能は図3に示す吸蔵と分離です1)。
ナノ空間に適合したサイズを持ち、金属イオンや有機配位子との親和性が高い分子は吸蔵されやすい傾向にあります。
これに対して、ナノ空間よりも小さくて格子になじまない分子は、吸蔵されずに排出されることになります。
【図3 MOFの機能イメージ ※引用1)】
またMOFにおいてはナノ空間を反応場として利用し、触媒反応を行うことも可能です。
3.MOFは実用化されているのか?
MOFの研究開発が活発化してからほぼ25年ですが、MOFの実用化はあまり進んでいないのが実情です。
実用化の現況を今回(2022年7月)改めて調査しましたが、これまでに報告された例として、下記2件のみ確認できました3)。
《実用化例1》リンゴの鮮度維持剤の徐放
2016年に英国ベンチャーのMOF Technologies社と農産物輸送企業Decco社が共同で、1-MCP(1-メチルシクロプロペン)というガスをMOF中に吸蔵させた固形物の利用を開始しました4)。
エチレンガスはリンゴ等の熟成を促進しますが、1-MCPはこのエチレンの働きを抑制する鮮度維持剤です。
1-MCPを吸蔵したMOFとリンゴを共存させると、リンゴから出てくる水分によりMOFが崩壊し、崩壊した部分から1-MCPが徐々に放出されるため、リンゴの鮮度が維持される機構だとされています。
これが世界初のMOF実用化となりました。
《実用化例2》半導体用有毒ガスの吸蔵と運搬
2017年に米国MOFベンチャーのNutMat Technologies社と半導体ガス企業Versummaterials社(その後Merck社が買収)が共同で、PH3等の有毒な半導体ドーパントガスをMOF中に吸蔵させたものを内蔵したガスボンベ「ION-X ®」の扱いを開始しました5)。
PH3等の半導体ドーパントガスは、通常、ガスボンベ中に高圧で封入され運搬されています。
これに対して、MOF中に吸蔵させたガスボンベION-X ®ではボンベの圧力を低圧(1気圧以下)にすることが可能です。
従って、もしボンベが破損したとしても、有毒ガスが外に漏れることはありませんので、運搬時の安全性が飛躍的に高まります。
実用化された上記2例では、どちらもMOFのナノ細孔から生まれる高い吸蔵能力が巧みに利用されています。
4.MOFの今後の展開
MOF実用化の歩みは決して速くはありませんが、その吸蔵能力を軸に据えて、製造コストの低減も図りつつ用途開拓を進める試みが今後も継続するものと予想されます。
MOFによる吸蔵の対象となる物質に制限はありません。私たちを現在悩ましている二酸化炭素CO2も対象であり、実際にCO2吸蔵の報告も多数あります。
その中で、新展開を予感させる発表があり、注目されています。
昨年12月に京都大学らが有機配位子中にCO2に取り込んだMOF、換言するとCO2を骨格中に含むMOFの製法を発表しました6)。
図4をご覧ください。このMOF自体がCO2を吸蔵することも可能です。
【図4 有機配位子中にCO2を取り込んだMOF ※引用6)】
ピペラジンという塩基と二分子のCO2が反応することで有機配位子を形成し、これと亜鉛イオン(Zn2+)とによりMOFが形成されます。空気中に存在する低濃度(0.04%)のCO2であっても、直接MOFに変換することが可能だとしています。
このタイプのMOFは吸着対象物質の範囲を広げる可能性もあります。今後の研究開発の進展が期待されます。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献・参考文献》
- 1)JST新技術説明会「イオンサイズの精密認識が可能な新規配位高分子元素分離回収剤」2018年1月31日
https://shingi.jst.go.jp/pdf/2018/2018_jaea_5.pdf - 2)JST新技術説明会「多孔性配位高分子(PCP/MOF)の実用化を目指した新しい賦形技術」2019年3月5日
https://shingi.jst.go.jp/pdf/2018/2018_chizaibu_4.pdf - 3)化学と工業, 75(4), 270-271(2022) その他
- 4)https://ecomercioagrario.com/en/decco-revolutionizes-the-freshness-management-of-fruit-with-trupick/
- 5)Merck社website
https://www.merckgroup.com/en/expertise/semiconductors.html
https://www.merckgroup.com/jp-ja/expertise/semiconductors/offering/phosphine-ion-x.html - 6)京都⼤学アイセムス, 株式会社JEOL RESONANCE, 理化学研究所 (プレスリリース)
「常温・常圧で⼆酸化炭素の多孔性材料への変換に成功 −カーボンニュートラルを⽬指す新たな⼿法−」
https://www.icems.kyoto-u.ac.jp/_wp/wp-content/uploads/2021/10/w_1_japanese_pr_CO2MOF.pdf