イオン液体のセルロース溶解能をどう活用する?注目の研究開発動向を紹介
「イオン液体」は、常温(100℃以下)で液体、高温でも安定、揮発性がない、高い電気伝導性を持つ等の特徴を有する比較的新しい材料です1)2)。1990年代から、電池用の導電性溶媒をはじめ幅広い分野で検討が開始され、現在も進行中です。イオン液体は多様な可能性を秘めた材料です。
2002年には特定のイオン液体がセルロース溶解能を有することが報告されて注目を集めました3)。
これ以後、イオン液体のバイオマスへの適用に関する研究が活発化し、現在に至っています。
本稿では、バイオマス分野におけるイオン液体の研究開発を振り返るとともに、実用化に向けた今後の開発の方向を考察します。
目次
1.イオン液体が有するセルロース溶解能の利用
セルロースは極めて難溶性の物質です。通常の溶媒には溶解しません。
再生繊維の製造に、セルロースを水酸化ナトリウムで処理した後に二硫化炭素と反応させて「ビスコース」と呼ばれる粘稠液とする方法が使用されていますが、通常の溶解とは異なります。
従って、図1の化合物をはじめとする特定構造のイオン液体がセルロースを溶解できるという報告3)は画期的なものでした。
【図1 1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロライド】
この知見に基づいて進められた研究開発の実例として、以下の2例を紹介します。
(1)新製法での再生繊維製造[フタムラ化学]
上述の通り、再生繊維の製造にはビスコース法が使用されてきました。これに対して、フタムラ化学株式会社がイオン液体を使った新製法を開発しました4)5)。
同社WEBサイトの環境配慮型不織布「ネイチャーレース®」のページに、そのプロセス(大垣法)が記載されています。この方法で製造することにより、ビスコース法と比べて製造時間が大幅に短縮でき、有害物質の排出も抑えられると報告されています。
(2)バイオエタノール製造への利用
セルロース系バイオマスからのエタノール製造は、通常、
- ① バイオマスの前処理(利用の妨害となるリグニンからセルロースを引き離す工程)
- ② セルロースの酵素糖化(グルコースを得る工程)
- ③ グルコースの醗酵(エタノールを得る工程)
の3段階で行われます。
この①バイオマス前処理工程(リグニンからセルロースを引き離す)で、セルロース溶解能を有するイオン液体を溶媒として用いることにより、効率向上をはかる研究が多くの機関で実施されています6)。
2.イオン液体の高コスト問題と対応策
以上のようにイオン液体のセルロース溶解能を利用する検討は進んでいます。
しかし課題があります。それはイオン液体のコストの問題です。
イオン液体が高価格であることはよく知られていますが7)8)、バイオマス分野でも他用途と同様に、これが実用化への課題となっています。
バイオマスへの利用に関して考察すると、
- 比較的安価なセルロース加工品を製造するために、高コストのイオン液体を溶媒として大量に使用せざるを得ないという構造的な問題があります。
- イオン液体のリサイクルが必須となります。しかしイオン液体は高沸点であって蒸留回収が困難なため、リサイクル時のロスが避けられません。
では、この問題を打開するにはどうしたら良いでしょうか?
解決は容易ではありませんが、一つの方向として以下の方法が考えられます。
イオン液体をセルロースの単なる溶媒として利用するのでなく、イオン液体とセルロース(およびその分解物)とを反応させて、その反応生成物の機能を利用する方法です。すなわち、イオン液体を反応生成物の構成成分として、リサイクルの必要がない使い切りの形で、かつ少量利用するという方向です。
具体的には、セルロースとイオン液体の反応生成物を薄膜状態で利用する方法が挙げられます。
3.イオン液体とセルロースとの反応を利用した研究例
京都府立大の宮藤教授らはイオン液体とセルロース(およびその分解物)との反応を利用した研究を進めています。
(1)イオン液体とセルロースとの反応
宮藤教授らは、イオン液体である1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライド[EMIM][Cl]中でセルロースを100-140℃で処理した際に以下の挙動が観察されたと報告しています9)。
- セルロースが溶解して低分子化され、グルコース等の低分子化合物に転換される。
- さらに処理を続けると生成した低分子化合物が重合して黒色の高分子化合物へと変化する。(生成物の写真は、引用文献9のFig.5を参照)
- 黒色生成物中には窒素分が最大で約9wt%t含まれており、イオン液体が反応して生成物中に取り込まれたと考えられる。
また宮藤教授らは、イオン液体として1-エチルピリジニウム[EtPy][Cl]を用いても同様であったと報告しています10)。
(2)木材の接着剤として検討
宮藤教授らは、上記の結果に基づいて、[EtPy][Cl]/水/グルコースの混合溶液を3mmの厚さのスギ板に塗布して圧着強度180℃の条件下で3枚からなる合板を作製しました。(断面写真は、引用文献11のFig.2を参照)
0.5-0.6MPaの接着強度が得られたと報告しています11)。
この手法を用いた時のコストは不明であり、既存の接着剤との競争力も判断できません。しかし、セルロースとイオン液体との薄膜状反応生成物が利用できる可能性を示す実例と言えます。
4.今後の可能性
セルロースとイオン液体との薄膜生成物の用途は接着剤には限定されず、塗膜形成材料として幅広い分野で利用可能と考えられます。木材以外の基材も塗布対象になり得ます。セルロースとイオン液体に第3の機能成分を加えて反応させれば、より高次の機能性薄膜としての用途も期待できます。この観点からの研究開発が進む可能性があります。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》
- 1) イオン液体, コロナ社(2005)
- 2) JST新技術説明会「高純度・多種多様なイオン液体のワンショット合成法」2022年10月
https://shingi.jst.go.jp/pdf/2022/2022_kumamoto-u_003.pdf - 3) J.Am.Chem.Soc., 124(18),4974-4975(2002)
- 4) 繊研新聞2021/08/03
https://senken.co.jp/posts/futamura-210803 - 5) フタムラ化学株式会社(WEBサイト)
https://www.futamura.co.jp/products/nonwoven_fabric/naturelace.php - 6) 化学と生物, 49(1), 40-47(2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/49/1/49_1_40/_pdf/-char/ja - 7) 関西文化学術研究都市機構の先端シーズフォーラム「バイオマス利用研究の大海を未来に向けて進む舟」(2018/02/01)中の「最近のイオン液体 開発動向と市場性」
https://www.kri.or.jp/news-event/img/20180201_report_05.pdf - 8) 科学研究費助成事業 研究成果報告書16H04556, 2019/06/12
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-16H04556/16H04556seika.pdf - 9) J.Wood Science, 59, 221–228 (2013)
https://jwoodscience.springeropen.com/articles/10.1007/s10086-013-1322-x - 10) J.Wood Science, 60, 438–445 (2014)
https://jwoodscience.springeropen.com/articles/10.1007/s10086-014-1420-4 - 11) J.Wood Science, 64, 794–801 (2018)
https://jwoodscience.springeropen.com/articles/10.1007/s10086-018-1769-x