ラジカル重合の連鎖移動反応を解説!連鎖移動剤の実体とは

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化学

今回はラジカル重合の連鎖移動反応について解説します。

1.なぜ連鎖移動を検討する必要があるのか?

ラジカル重合における連鎖移動を式1に示します。
連鎖移動剤T1-T2が成長ラジカル点C・と反応することにより、C・が消失すると同時に新たなラジカルT2が生成します。ポリマーの成長は止まり、T2が重合の新たな起点として機能します。

 
ラジカル重合における連鎖移動
(式1でT1-T2 :連鎖移動剤  T2:連鎖移動剤由来のラジカル)
 

T2が十分な活性を有していれば、連鎖移動はラジカル重合の速度には殆ど影響しません。
しかし、ポリマーの分子量(重合度)という観点からみると、連鎖移動が起こると、連鎖移動が無い場合に比べて分子量が低下することになり、分子量分布も広がります

ポリマーの特性は、表1のポリエチレンの例に示すように分子量が高いほど顕著になります1)
従って、連鎖移動はポリマー物性の発現を妨げるマイナスの現象とみることもできます。

 

【表1 ポリエチレンの分子量(重合度)と物性1)

重合度n 外観・強度 融点,℃
5 液状 -30
60 ろう状 100
100 もろい固体 106
1000 強靭な固体 110

では連鎖移動は悪者なのでしょうか?
必ずしもそうとは言えません。

ポリマーを利用するためには、通常、ポリマーを溶融するなどして成型加工することが必要になります。
分子量が高くなると強度が向上する一方で、成型加工時のポリマーの流動性が低下し(溶融粘度が高くなり過ぎて)加工が困難になる場合があります。図1はその様子を表現したイメージ図です。

 

ポリマーの分子量・強度・成型性の関係のイメージ図
【図1 ポリマーの分子量・強度・成型性の関係のイメージ図】

 

従って、実用上は強度と成型性を共に満足する分子量のポリマーを重合する必要があります。
ここで活躍するのが連鎖移動です。
重合で得られるポリマーの高分子化を適度に抑制するために、連鎖移動を積極的に利用する場合があります。

以上のように、連鎖移動にはプラス効果とマイナス効果があるため、実用上、重要な検討項目となります。

 

2.連鎖移動剤の実体は?

さて、どんな化合物が連鎖移動剤T1-T2として機能するのでしょうか?
実は、重合系内に存在するすべての化合物、即ち、モノマー・開始剤・溶媒・ポリマー・添加剤のすべてに連鎖移動の可能性があります。

 

(1)モノマーへの連鎖移動

モノマーへの連鎖移動というと奇妙に感じる方もいるかもしれません。
しかし、図2に示すように、成長ラジカルとモノマーとの反応では成長反応が主役ですが、それだけではなく連鎖移動も起こります。

 

モノマーへの連鎖移動
【図2 モノマーへの連鎖移動】

 

表2は、代表的なモノマーのラジカル重合におけるモノマーへの連鎖移動の起こり易さを、反応速度定数の比kct/kp (60℃)として表して比較したものです。
この中で酢酸ビニルが相対的に高い値を有することが分かります。これは、図3にように、酢酸ビニルの重合ではモノマーの置換基への連鎖移動も起こるためと考えられています。

 

【表2 代表的モノマーのラジカル重合におけるモノマーへの連鎖移動2)

モノマー 反応速度定数の比kct/kp (60℃)
スチレン CH2=CHC6H5 0.6
メチルメタクリレート CH2=C(CH3)COOCH3 0.1
メチルアクリレート CH2=CHCOOCH3 0.4
アクリロニトリル CH2=CHC≡N 0.3
酢酸ビニル CH2=CHOCOCH3 1.8

酢酸ビニルモノマーの置換基への連鎖移動
【図3 酢酸ビニルモノマーの置換基への連鎖移動】

 

(2)ポリマーへの連鎖移動

ポリマーへの連鎖移動とは、成長を終了して分子内にラジカルが存在しないポリマー、即ち休止状態にあるポリマーへの連鎖移動を意味します。
図4に示すポリ酢酸ビニルおよびポリエチレンへの連鎖移動がよく知られています。

 

ポリマーへの連鎖移動の例
【図4 ポリマーへの連鎖移動の例】

 

ポリマーへの連鎖移動により、末端ではなくポリマーの内部にラジカルが生成し、それが新たなラジカル重合の起点として機能することになります。
その結果、何が起こるかというと、枝分れして重合が進行することになります。
つまり、ポリマーへの連鎖移動は枝分れしたポリマーの生成につながります。

ポリエチレンのラジカル重合では、枝分れを多数有するポリエチレンが得られます。
これに対し、チーグラー触媒を用いてラジカル重合とは異なる機構で重合すると、枝分れがほとんどない直鎖状のポリエチレンが得られます。
両者は、表3に示すように、物性が異なっており、従って用途も異なります。
連鎖移動について検討する必要性が、この点からもご理解いただけると思います。

 

【表3 ポリエチレンの重合法・枝分れ・物性】

重合法 枝分れ 物性 主用途
高圧法 ラジカル重合 低密度(0.91-0.92)・軟質 軟質フィルム
低圧法 チーグラー触媒 高密度(0.91-0.95)・硬質 成型品

 

(3)溶媒への連鎖移動

ラジカル重合を溶媒中で行う場合には、溶媒が重合系内に最も高濃度で存在する化学種となりますので、溶媒への連鎖移動も無視できません。
ベンゼン・トルエン・アセトンをはじめとする多種類の溶媒についてデータが報告されていますのでご参照ください3)4)

 

(4)連鎖移動用の添加剤

連鎖移動を目的に、モノマー・ポリマー・溶媒・開始剤ではない化合物を重合系に添加する場合もあります。
代表的なのがチオール(メルカプタン)化合物R-S-Hです。
これは式2に示すチオールとラジカルとの反応速度が非常に高くて、生成したR-S・も十分な活性を有しているためです。

 
チオールとラジカルとの反応速度
 
チオール化合物のこの挙動は、S-Hの結合エネルギーが81kcalmol-1とC-H結合の99kcalmol-1よりも格段に低いことに基づくものです。

 

次回はラジカル重合のプロセスについて解説します。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献、参考文献》

  • 1) 大津隆行ら, 基礎工業化学, 朝倉書店(1977)
  • 2) 遠藤剛ら, 高分子の合成(上), 講談社(2010)
  • 3) 高分子データ・ハンドブック 基礎編, 培風館(1986)
  • 4) Polymer Handbook 4th Edition, Wiley-Interscience(2003)

 

 

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