熱可塑性エラストマー(TPE)の基礎と生分解性TPEの開発
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本稿では生分解性プラスチックの基本的事項と今後の動向について解説します。
「生分解性プラスチック」と聞くと、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。
使用時には十分な強度があり、ひとたび地中あるいは水中におかれると急速に分解される好都合なプラスチックとお考えの方もおられると思います。
ここで、その代表とも言えるポリ乳酸(図1)の生分解性を具体的にみてみましょう。
【図1 ポリ乳酸(L体)】
図2は、コンポスト中でのポリ乳酸の重量と分子量の変化を示したものです1)。
【図2 コンポスト中でのポリ乳酸フィルムの変化 ※引用1)】
50日でほぼ完全に分解されています。ポリ乳酸のこの特性は有用であり高く評価されるべきものです。
ただ、その一方で、地中や水中での分解速度が非常に遅いことも報告されています。
図3は、ロープ状のポリ乳酸を地中10~30cmの位置に3年間埋設した際の重量と分子量の変化を示したものです2)。地中で3年経過してもほとんど変化していないことが分かります。
【図3 ポリ乳酸ロープを3年間地中埋設した際の変化 ※引用2)】
図4は、海水中でのポリ乳酸の重量変化を示したものです3)。
10週間で重量変化がほとんどないことが分かります。
海水中の分解性は、ポリカプロラクトンやポリ-3-ヒドロキシブチラートの方が、ポリ乳酸よりもはるかに高いことも分かります。
【図4 海水中でのポリ乳酸等のポリエステルの重量変化】
ポリ乳酸におけるコンポストでの迅速な生分解と、地中・海中での非常に遅い生分解との差をどう考えたらよいでしょうか。海水中ではポリカプロラクトンの方がポリ乳酸よりも生分解速度が速いことをどう考えるべきでしょうか。
微生物は生分解性プラスチックであればどんな大きさ(分子量)のものでも体内に取り込める訳ではありません。一定サイズ以下のものでなければ取り込めません。
即ちプラスチックの生分解には下記の2段階が必要になります。
ポリ乳酸はじめ生分解性プラスチックの多くは、主鎖がエステル結合で形成されたポリエステル構造を有しています。従って、1段目の非生物分解とはエステル結合を切断する分解、即ち加水分解ということになります。加水分解は高温ほど促進されます。従って、生分解速度も高温ほど早くなります。
コンポスト内の温度は、条件にもよりますが、60-80℃に達すると言われています。
ポリ乳酸に関してコンポストと地中・海中での生分解速度の差の主因は温度にあると考えられます。
図2のコンポスト試験の研究者らはコンポスト自体の温度を報告していませんが、ポリ乳酸の分子量低下が高温で進行することをモデル実験で確認しています1)(図5)。
【図5 ポリ乳酸の分子量低下の温度依存性(緩衝液中でのモデル試験) ※引用1)】
図4で海水中においてポリ乳酸よりも高い生分解性を示したポリカプロラクトンは、通常使用時には加水分解しやすいのが弱点とされるプラスチックです。
海水においてポリ乳酸よりも加水分解が高速で進行したと考えられます。
生分解性プラスチックの生分解は加水分解速度が鍵を握っていると言えます。
使用時には極めて安定であって、海中では急速に生分解性するプラスチックの開発が現在求められています。
図6のように挙動するプラスチックが理想です。
【図6 生分解性プラスチックの理想的な挙動】
しかし現実には通常使用時の安定性とその生分解性とは相反する傾向にあります。図6の挙動の実現は容易ではありません。
その打開策として検討されているのが生分解のスイッチ機能の導入です。
通常状態では機能せず、海洋という環境におかれると加水分解のスイッチが入る機構を予め仕込んでおくというものです。
東大の伊藤耕三教授をプロジェクトリーダーとするNEDO(新エネルギー・新技術総合開発機構)ムーンショット型研究開事業「非可食性バイオマスを原料とした海洋分解可能なマルチロック型バイオポリマーの研究開発」が2020年度から立ち上がりました4)。
その中で、このスイッチ機能の導入は核心的な課題と位置付けられています。
まだ概念の検証段階ですが、ブレークスルーにつながる成果が期待されています。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》