リグニンから高純度モノマーの生産は不可能か?微生物の力を活用した検討例

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バイオマス

環境意識の高まりの中で、化学品の原料として、石油等の化石原料に代えてバイオマスを利用する動きが進行中です。中でも木質バイオマスは膨大な資源量を有するため、原料源として有力視されています。

図1は代表例としてスギの材料組成を示したものです1)
セルロースとヘミセルロース以外に、リグニンが約35%も含まれています。

スギの材料組成
【図1 スギの材料組成】

 
化学原料源としては、セルロースとヘミセルロースの利用が進む一方で、リグニンはほとんど利用されていません。何故なのでしょうか。

 

1.リグニンは複雑な高分子

リグニンは草木に強度を付与する成分です。
木質バイオマスが草類よりも丈夫なのは、リグニンの比率が草類よりも高いためです。
しかし、木質バイオマスを木材としてではなく化学品原料として扱う際には、リグニンは逆にやっかいな成分です。その構造はまだ完全には解明されていませんので、代表的な推定構造を図2に示します2)
リグニンが3次元構造を有する非常に複雑な高分子であることがお分かりいただけると思います。

リグニンの推定構造
【図2 リグニンの推定構造 ※引用2)

 
図2から、リグニンの化学的分解により低分子化合物が得られること、言い換えれば低分子化学品の原料源としての可能性がリグニンに期待できることが分かります。
しかし、リグニンを化学的に分解すると多種類の分解物が生成し、それらの混合物が形成されるため、特定の化学品を高純度で回収するのは非常に難しいといえます。リグニンからの高純度化学品の生産は、ノルウェーのボレガード社による香料のバニリンの生産3)を除けば、実用化されていないのが実情です。

リグニンの構造から、フタル酸のような高分子合成用の高純度モノマー製造の可能性が期待されますが、実際には進んでいません。
リグニンのような複雑な構造体からの高純度モノマーの生産は極めて困難なのだから、燃料にすればよいのだという考え方もあり得ます。燃料にすれば化石燃料の使用量の削減もできるからです。
しかし、再生可能な化学原料源としてのリグニンの魅力は捨てがたいものです。

リグニンからの高純度モノマーの生産は不可能なのでしょうか?

 

2.リグニンからの高純度モノマーの生産:検討例

高純度モノマーの生産の検討例はあります。日本に2例存在します。
高純度化が難しいという課題を、微生物の力で克服しようとする点で両者は共通しています。

 

2.1 日本大学の片山義博教授ら

日本大学の片山教授らは、2005-2010年にかけて、図3-1に示す2- ピロン-4,6- ジカルボン酸(PDC)の高純度品をリグニンから得ることに成功しています4)

Sphingomonas paucimobilis SYK-6という微生物にリグニンを代謝させました。図3-2に示すように、中間体として生成する多種類のグニン代謝物が最終的には安定なPDCに収束する系を確立しました。

片山教授らはPDCを用いたポリエステルも試作し、その物性評価まで検討を進めました。
ただ、PDCが高コストであるため、実用化できなかったとされています。

2- ピロン-4,6- ジカルボン酸(PDC)
【図3-1 2- ピロン-4,6- ジカルボン酸(PDC)】

 

微生物Sphingomonas paucimobilis SYK-6によるリグニン代謝経路
【図3-2 微生物Sphingomonas paucimobilis SYK-6によるリグニン代謝経路 ※引用4)
※生成物がPDC(ピンク色表示部分)に収束する

 

2.2 弘前大の園木和典准教授ら

弘前大の園木准教授らはリグニンから、図4-1に示すcis,cis-ムコン酸(ccMA)の高純度品をリグニンから生産する基本技術を確立しています5)

Pseudomonas sp. という微生物のNGC7株にリグニンを代謝させました。
図4-2に示すように、ccMA以外の化合物が生成するルートを遮断することにより、高純度のccMAが蓄積する系を確立しました。

cis,cis-ムコン酸(ccMA)
【図4-1 cis,cis-ムコン酸(ccMA)】

 

微生物Pseudomonas sp. NGC7によるリグニン代謝経路
【図4-2 微生物Pseudomonas sp. NGC7によるリグニン代謝経路 ※引用5)
※生成物としてccMA(水色表示部分)が高純度で蓄積

 

3.今後に向けて《やはりコストが問題か》

微生物による転換技術を用いれば、リグニンからの高純度モノマーの生産は可能です。
問題はコストです。大幅なコストダウンは容易ではありませんので、実用化するために、日本をはじめ各国政府による財政的支援が必要とみられます。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献、参考文献》


 

 

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