アンテナ測定の実務基礎:S11・VSWR・放射特性の評価方法と注意点

アンテナの利得や指向性、インピーダンス整合といった特性は、設計段階だけでなく、実際に測定して評価することで初めて確認できます。しかし、アンテナ測定は単に測定器を接続して数値を読むだけではなく、測定条件や環境によって結果が大きく変わる点に注意が必要です。
当連載の前回の記事「アンテナ設計で知っておくべき設置環境・筐体・基板・配線の影響を解説」で説明したように、アンテナは設置環境やケーブルの影響を強く受けるため、「測った値がそのまま真の性能を表しているとは限らない」という難しさがあります。
今回は、アンテナ評価でよく用いられる測定項目とその意味、測定時の基本的な考え方について解説します。
1.なぜアンテナ測定が必要なのか
アンテナは、理論式やシミュレーションだけで完全に性能を保証できるものではありません。実機では筐体や基板、周囲物体の影響が加わり、設計時とは異なる特性を示すことがあるためです。
このような背景から、アンテナ開発では「設計した通りに動作しているか」を確認する測定と評価のプロセスが欠かせません。
(1)測定は「現実の答え合わせ」
アンテナ測定とは、設計したアンテナが実際に
- 必要な周波数で共振しているか
- 十分な電力が放射されているか
- 実装後も性能が維持されているか
を確認する作業です。
測定は単なる検査ではなく、設計と実装をつなぐ重要なプロセスであり、理論と現実の差を埋める「答え合わせ」といえます。
(2)まずは整合評価から始める
アンテナ評価で最初に確認されるのが、インピーダンス整合の状態です。
アンテナに電力が正しく供給されていなければ、放射特性を議論する以前に性能が大きく制限されてしまいます。そのため実務では、まずS11(反射係数)やVSWRといった指標を測定し、アンテナが設計周波数で適切に整合しているかを確認します。
[※関連記事:アンテナの重要パラメータ:インピーダンス・VSWR・帯域を基礎から解説 ]
2.インピーダンス測定とSパラメータ
上述のように、アンテナ評価の第一歩は、インピーダンス整合の確認です。どれほど優れた放射構造を持っていても、送信機からアンテナへ電力が適切に供給されなければ、十分な放射性能は得られません。
そのため実務では、まず「アンテナに電力が正しく入っているか」を測定により確かめることから始めます。
(1)VNA(ベクトルネットワークアナライザ)の役割
アンテナ測定で最もよく使われる測定器が、「VNA」(ベクトルネットワークアナライザ)です。
「VNA」は高周波回路の反射や伝送特性を周波数ごとに測定できる装置であり、アンテナの整合状態を評価する際に不可欠です。
アンテナは高周波回路の一種とみなすことができるため、VNAを用いることで、
- 共振周波数がどこにあるか
- 整合が取れている帯域はどこか
- 実装によって特性がどう変化したか
といった情報を客観的に確認できます。
(2)S11とは何か
アンテナ測定で特に重要なのが「S11」(エスイレブン)です。
「S11」は入力反射係数を表し、アンテナに入力した電力のうち、どれだけが反射されて送信機側へ戻ってくるかを示します。一般にはdB表示で扱われ、反射の大きさを評価する指標として用いられます。
アンテナに電力を供給する際、整合が取れていれば電力は効率よくアンテナへ伝わりますが、整合が悪い場合は反射が増え、電力が無駄になってしまいます。
一般に、S11が小さい(負の値が大きい)ほど整合が良い、S11が大きいほど反射が大きい、という関係になります。
これを周波数特性として示したものが図1です。

【図1 S11(反射)の周波数特性グラフ】
図のように、S11は周波数によって変化し、ある周波数で大きく低下する点が現れます。この谷の部分がアンテナの共振点であり、最も効率よく電力が供給される周波数を表します。これが共振周波数です。
また実務では、S11が−10 dB以下となる範囲を「整合が良好な帯域」とみなすことが多く、これは入力電力の約10%以下しか反射していない状態に相当します。図1ではその基準ラインと帯域幅の考え方も示しています。この領域を「動作帯域幅」と言います。このようにS11を測定することで、アンテナが設計周波数で適切に動作しているかを客観的に確認できます。
またS11に関して注意が必要なのは、「S11が良い=電波として十分に放射されている」ということを示すわけではないということです。入ったエネルギーが電波として放射されているとは限りません。アンテナ内部の抵抗で熱に変わる損失の可能性もあります。従って「放射効率評価」「指向性評価」の測定が必要になります。
(3)VSWRとの関係
S11は反射の度合いをdBで示す指標ですが、これをより直感的に表したものが「VSWR」です。
VSWRは進行波と反射波の比を表し、理想的には2.0以下で値が1に近いほど反射が少なく整合が良好であることを意味します。
実務では、VSWR ≦ 2 程度であれば実用範囲、より高性能が求められる場合はさらに低い値が必要、といった目安で評価されることが多くあります。
ただし重要なのは、VSWRが良いことは「電力が入りやすい」ことを示すに過ぎず、必ずしも利得や通信距離を直接保証するものではない点です。
そのため、整合評価はアンテナ測定の出発点であり、放射特性評価と組み合わせて判断する必要があります。
3.放射特性の測定
(1)利得と放射効率の測定
利得測定では、アンテナがどれだけ効率よく電波を放射・受信できるかを評価します。実機では導体損失や誘電体損失、筐体による吸収などが加わるため、理論値より利得が低下することが一般的です。
また、利得と合わせて重要なのが放射効率です。整合が良くても損失が大きければ電波として放射される割合は低下するため、通信距離が伸びない原因となることがあります。
[※関連記事:アンテナ特性の基礎:利得・指向性・放射パターンをわかりやすく解説 ]
(2)放射パターン測定
放射パターン測定では、アンテナがどの方向に強く放射するか、またどの方向が弱いかを調べます。用途によって求められるパターンは異なり、基地局では指向性、端末では広いカバー範囲が重視されます。筐体や周囲物体によってパターンが歪むことも多く、実装後の評価も重要です。
具体例としては、基板上のGNDプレーンのサイズによって、メインローブが意図しない方向へ傾く「ビームティルト」現象や、筐体エッジでの回折により不要な方向へ電波が漏れるサイドローブの増大などがあります。
(3)測定環境と評価の前提
放射特性の測定では、外来電波や反射の影響を避ける必要があります。そのため一般には電波暗室(無響室)が用いられ、基準アンテナとの比較によって利得やパターンが評価されます。
ステップとしては、まず基準アンテナを用いて受信電力を測定し、その後、同じ位置に測定対象アンテナ(AUT)を配置して再度測定を行います。両者の差分から、測定対象アンテナの利得を算出します。
放射測定は設備的なハードルが高い一方で、アンテナ性能を総合的に評価できる重要な測定です。
ここまで見てきたように、アンテナ評価では、S11/VSWRによって「電力がアンテナに入っているか」を確認し、利得や放射パターンによって「空間へどのように放射されているか」を確認します。
整合測定と放射測定は別々の測定項目ですが、どちらか一方だけではアンテナ性能を十分に判断できません。測定結果を正しく解釈するには、両者を組み合わせて総合的に評価する視点が重要です。
4.近傍界測定と遠方界測定
アンテナの放射特性を正しく評価するためには、測定する位置がアンテナから十分に離れている必要があります。このとき重要になるのが、近傍界(near field)と遠方界(far field)という考え方です。
当連載の「アンテナを理解するために最低限知っておくべき電磁気学の基礎知識」の回で、近傍界・遠方界の基本概念を解説しましたが、本章では測定の観点から、その違いと使い分けを整理します。
(1)遠方界測定:放射特性評価の基本
遠方界とは、アンテナから十分に離れた領域で、電磁波が波として安定して伝搬している状態を指します。この領域では、電界と磁界の比が一定となり、アンテナの放射パターンや利得を理論通りに評価できます。
放射パターンや利得といったアンテナ特性は、基本的にこの遠方界で定義されるため、最も標準的な測定方法は遠方界測定です。
ただし遠方界条件を満たすには、周波数が高いほど測定距離が必要になり、大型設備が求められる場合があります。
(2)近傍界測定:距離が確保できない場合の手法
一方、アンテナに近い領域では、電界や磁界が複雑に分布する近傍界が支配的になります。
この領域では、周囲物体との結合が強く、遠方界のように単純な放射波として扱うことができません。
しかし実務では、
- 測定距離を十分に取れない
- 大型アンテナで遠方界条件が難しい
- 製品評価をコンパクトな設備で行いたい
といった理由から、近傍界測定が用いられることがあります。
近傍界測定では、アンテナ近傍の電磁界分布を測定し、そこからフーリエ変換などを用いた計算処理によって遠方界特性を推定します。
(3)近傍界と遠方界の使い分け
遠方界測定は放射特性評価の基本ですが、設備や距離条件の制約があります。
一方、近傍界測定は距離を短縮できる利点があるものの、解析処理を含むため測定系の取り扱いが重要になります。
したがって実務では、標準評価や認証試験では遠方界測定を、開発段階や設備制約下では近傍界測定を行う、といった形で使い分けられます。
設置環境の影響は近傍界で強く現れるため、測定結果を解釈する際には「どの領域を測っているのか」を意識することが重要です。
ここで、近傍界と遠方界を決める指標となるのが、フラウンホーファー距離です。一般的に以下の式で求められる距離Rよりも外側が遠方界と定義されます。
R = 2D²/λ
(D:アンテナの最大開口寸法、 λ:波長)
この式が示すように、アンテナが大型化する、あるいは高周波化するほど、必要な測定距離Rが劇的に増大します。これが、近傍界測定が必要とされる物理的背景です。
(4)測定結果を正しく読むための視点
アンテナ測定では、数値そのものだけでなく、
- 測定距離は十分か
- 周囲反射やケーブル影響は抑えられているか
- 測定系全体がアンテナに影響していないか
といった前提条件を確認する必要があります。
近傍界と遠方界の違いを理解することは、測定値を正しく解釈し、アンテナ性能を適切に評価するための基礎となります。
5.測定で注意すべきポイント
アンテナ測定では、測定器が高精度であっても、測定系や環境条件によって結果が大きく変化することがあります。そのため、測定値を正しく解釈するには、アンテナ単体だけでなく測定系全体を含めて考える視点が重要です。
ここでは、実務で特に注意すべき代表的なポイントを整理します。
(1)ケーブルや治具が測定結果に影響する
同軸ケーブルは条件によってアンテナとして振る舞うことがあります。ケーブルの長さや取り回しが変わるだけで測定値が変動する場合、アンテナ単体ではなく測定系が影響している可能性があります。対策としては、ケーブルにフェライトコアを装着することで、高周波電流の漏れを抑えるなどの方法が有効です。
また、治具やコネクタの構造も高周波では無視できません。
測定では「アンテナ+治具+ケーブル」が一つの系として動作していることを意識する必要があります。
(2)設置状態で評価しなければ意味がない
アンテナ単体で整合が良好でも、筐体に組み込むと共振周波数がずれたり、放射パターンが変化したりすることがあります。これは筐体や基板、周囲物体が近傍界に影響を与えるためです。
そのため最終的な評価では、可能な限り
- 実機に近い筐体
- 実際の基板配置
- 想定される使用環境
を含めた状態で測定することが重要になります。
評価時には、作業者の手や測定治具などの金属物体がアンテナ近傍に入り込んでいないかを確認する必要があります。
(3)測定値の「良し悪し」は目的で変わる
VSWRが良いことは重要ですが、それだけで通信性能が保証されるわけではありません。
たとえば整合が取れていても、
- 放射効率が低い
- 指向性が用途に合わない
- 筐体内で吸収されている
といった理由で、実際の通信距離が伸びない場合があります。
測定値は単独で判断するのではなく、用途や要求仕様と結び付けて解釈する必要があります。
(4)再現性の確保が測定の信頼性を決める
アンテナ測定では、わずかな条件差が結果に影響するため、再現性の確保が非常に重要です。
- ケーブル配置を固定する
- 測定位置や姿勢を揃える
- 周囲反射の影響を抑える
といった基本的な配慮が、測定結果の信頼性を大きく左右します。加えて、キャリブレーション(校正)が適切に行われているか、特にケーブル先端を基準面として正しく校正されているかを確認する必要があります。
6.まとめと次回予告
本稿では、アンテナ測定と評価の基本として、S11・VSWRによるインピーダンス整合評価と、利得・放射パターン測定による放射特性評価の考え方を解説しました。
アンテナ測定では、整合状態を確認したうえで、実際にどのように電波が放射されているかを総合的に評価することが重要です。また、筐体や基板、ケーブルなど周囲環境の影響によって測定結果が変化するため、測定条件や再現性にも注意が必要です。
次回は、アンテナ設計とシミュレーションの基礎を取り上げ、設計と測定をどのように結び付けて最適化していくかを解説します。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 T・T)



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